制服と割烹着(夕子と昌幸・青春篇) 第11話

 「この頃は昼も忙しいなぁ。店としては有難いんやけど…うちも手伝えるのは、週に1回か、たまに2回がええとこや、お母ちゃん一人で大変やろ?」

「夕子のお陰で忙しくなったんも在りますけど、お昼時は季節も関係してるからねぇ……夏が近づくとお弁当が傷みやすいから、お客さんも増えますんや…気にせんとき。」

「子供の頃にも聞いた覚えが在るわ。けど、今は冷蔵庫も冷房も当たり前になったのに、それでも影響が在るんやなぁ。」

「そうやねぇ…夕子が言う事も分かりますけど、最近のお客さんの話を聞いてたら、仕事が忙しいから、お昼に外へ出るのが息抜きになるって人も居てるみたいですよ。」

「なるほど、分かる気がするなぁ……」

「それはそうと、専門学校には夏休みなんか在りませんのやろ?」

「そうやねん。半月ぐらいは在るんやけど…まぁ、長いお盆休みって感じやなぁ。お盆は、お母ちゃんかて何日か休むんやろ?」

「そうやねぇ…この辺りで働いてはるお客さんも休みの人が多いですから、毎年、お盆と正月は息抜きさせてもらってますけども……3,4日ほど休みましょか?」

「うちも、夏休みになったら、毎日手伝えるから、その間はお母ちゃんにノンビリさせてあげるわ。」

「ノンビリって…なぁ夕子、料理はまだまだ、お父さんと昌幸くんで実験してからで無いと……お店では使えませんで。」

「実験……って?」「……その、実験で使うてる人型モルモットなんやけど、生意気に最近文句を言いよるんや。」

「私のとこへも助けを求めて来ましたで。」

「ホンマ? なんて言うてた?」

「食べさせるんは、自分自身で臨床実験をしてからにして欲しいと……口頭の嘆願書が届きましたわ。」

「口頭の嘆願書なぁ……」「2体居てるんやけど、どっちが?」

「ひねた方が喋って、若い方は横でうなづいてましたけど……」

「そうか…わかった。」「なぁ…それって今週に入ってからの事やろ?」

「昌幸くんの非番の日やったから……火曜日でしたわ。」

「自信作の改良版やったのに…改良し過ぎたんかも分からんなぁ………」

「なぁ夕子、あんた手つきと段取りだけ見とったら、包丁さばきは勿論、最後の洗いモンや片づけまで職人そのものなんやけど……加減ってもんを覚えんとあきませんで。」

「それなぁ…この間も先生に怒られたんや。あのチョロチョロとした、トロ臭い火加減…見てるだけでイライラしてくるんや。せやのに、包丁持ったら細かい細工でもへっちゃらなんやで……絶対、先生より上手い自信が在るわ。バランの早切り大会とか在ったら国体でも優勝出来るのになぁ。」

「あんた、そんなとこは…お父ちゃんとソックリやんか。昌幸くんと3人…人種的には共通してますなぁ。」「それも長所には違いは無いんですけど、火加減、さじ加減、ころあい加減と、いろんな加減を覚えん事には料理は作れませんで。夕子の場合は、ころあい加減が一番必要かも知れませんなぁ。」

「なるほど、ころあい加減なぁ…考えた事も無い発想やったわ。」「小さい頃から全力で勝負してきた事しか思い出されへん。犬のウンコまで踏んで………」

「あれには泣かされましたで……」

「せやろなぁ…うちが親でも泣くわ。」

「それを聞いてホッとしましたわ。お父さんは泣くどころか『やっぱり親子や~』って大笑いしてはったから…」「夕子の子供が、もしも同じ事をした時には、是非泣いてちょうだい……お願いやで。」

「ん~~~父親をマサやと仮定した場合、かなりの確率で危険やなぁ……」「3代続けてそんな奴が生まれてきたら、在る意味、世界的にも凄い事やで。」

「私には、現段階の2代続けてでも十分凄い事やと思えますけどなぁ?」

「うち、マサにも言われるんやけど、ほんまにロクな事して来てへんなぁ……お父ちゃんは置いといても、お母ちゃんには迷惑の掛け通しやったんや。」

「迷惑と思うた事なんか、1度も在りませんで。」「その代り恥ずかしいとは、数えきれんほど思いましたけどな…」

「……ご、ごめん。せやけど、目からウロコやったわ。ころあい加減を心掛けて、今まで以上に本気で頑張るから。」

「私も本気で期待してます。」「だいたい心配なんか全くしてませんのやで。夕子は、ひとつ何かを掴んだら…後は、放っといても一流になれると知ってますから。」

「有難う。お母ちゃんにそう言われたら、ほんまに嬉しいわ。」

「あとは……」

「あとは……?」

「もうちょっと女らしさも、この仕事には必要やと思いませんか? べっぴんは申し分無いんですけどねぇ……」

「うん…それについては、けっこう落ち込んだり、悩んだりしてるんやけど…こればっかりはなぁ……」「お母ちゃんのスカートでもはいてみよか?」

「それは…もうちょっと、色が白うなってからにした方がよろしいのと違うやろか?」

「せ、せやな。長い目で応援してや…」

「お父さんの面倒見てるくらいやさかい、心配せんでも大丈夫やで。」

「わかった…説得力は十分やったわ。」


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制服と割烹着(夕子と昌幸・青春篇) 第12話


 「お早うございます。」

「昌幸か、まぁ上がらんかい。」

「はい。お邪魔します。」

「お前ら、毎週休みが合う分けでも無いのに、たまにはデートにでも行って来んかい。」

「出かけたりせんでも、しょっちゅう逢うてデートしてますから。」

「マサ、うちは生れてこの方、あんたとデートなんかした事無いで。」

「夕子、いつの間に……」

「しょうも無い事喋ってるんが聞こえたからに決まってるやろ。アホっ。」

「アホっ、って…子供の頃からずっと一緒に行動して来たやないか?」

「あんた、子供の頃から、それをずっとデートやと思うてたんか?」「なんぼうちでも、デートで犬のウンコは踏んだりせえへんやろ…ドアホっ!」

「そんな極端な話を持ち出さんでもええやないか…ほんなら、お前は、二人で映画や買い物に行ったり、祭りや縁日に行ったりしたんを1回もデートやと思うた事は無いって言うんか?」

「在る分け無いやないか。アホっ。」

「ほんまに、アホアホって昔から…せや、その昔の話はもうええわ。今は仮にも婚約中やど、どない考えてもデートやないか?」

「仮、仮、仮、仮婚約中や、正確に言うてくれるか…知らん人が聞いて勘違いされたら困るんや。」

「お前の話こそ誰も知らん話や。内緒にしとけと云うたんもお前やないか。」「世間で言う俺が怪獣に襲われた日の事やで……」

「……取りあえず、うちの部屋へ上がる事にしょうか…お父ちゃん、そのダンボみたいな耳、早よ収納して。」


 「ほんで今日、俺の胃袋は何を食べさせられるんや? もしかしたら、先生も道ずれにする気なんか?」

「あのなぁ、まずいモンを作る気は無いんやからな…ど~いう分けか途中から、手順と量がおかしな事に成ってしまうんや。」

「それを自分で確かめてから食べさせて欲しいんやで…俺も先生も。」

「お母ちゃんから聞いた。」「自分自身で臨床実験をやるように伝えてくれと嘆願したらしいなぁ?」

「あっ…もう、耳に入ってましたか?」

「もう、心配はいらん。これからは『加減の出来る女』に生まれ変わる事にしたんや。」

「なぁ夕子……『夕子』って言葉を、他の言葉に置き換えたら『加減の出来ん女』やど。意味が分かって言うてるんか?」

「ええか…生まれ変わっても、マサに対しての手加減だけはこの加減には含まれへん事を覚えときや……」

「…し、しっかり、刻み込みました。」

「よっしゃ。ほんなら、まだ転生中やから今日は、久しぶりにお好み焼きでも食べに連れて行ったるわ。」

「ほ、ほんまか?」

「この流れで嘘はないやろ~。財布はあんたなんやし……」

「それは、連れて行ったるとは言わへんやろ…普通……」

「なんか、文句でも?」

「文句は無いけど、せめてジャンケンするとか………」

「マサあんた、かよわい乙女を喰いモンにする気なんか?」

「お前、かよわいの意味、根本的に間違うてるど…ええ加減に……」


「お父ちゃん! 助けて~マサが…マサが~~!」

「おいこらっ、夕子…なにを言う……」

「…辛抱せい…痛いのは最初だけや~」

「あのアホ親父………」


 「お父ちゃん! どう云うつもりや?」

「ど~云うつもりもなんも…なかなかの名演技やったけど、マサには無理に決まってるやないか。」「まして俺が居てるのに…お母ちゃんでも心配なんかせえへんわ。」

「ほんなら、マサ以外やったら助けに来てくれたんやろなぁ?」

「マサ以外やったらか?」

「せや、すぐに助けて……」

「当たり前やないか、相手が生きてるうちに助けたらんと…娘を犯罪者には出来へんやないか。お前、自分を分かって無いんとちゃうやろなぁ?」

「……うち、普通の家庭に生まれたかったわ………」

「せやけど、もしも…実際にお前が他の奴に襲われるような事が在ったら、俺は手加減出来ても、昌幸は殺しかねんぞ。せやから、お前はほんまに気を付けんとアカンのや。これは覚えとけよ。」「自分だけは大丈夫と思うのは危険な事なんや。」

「なぁ…中途半端に真面目な事いわんといて。」


 「先生、俺かて今は警察官です。手加減はせえへんけど、殺す手前でやめますわ。」

「マサ、降りて来たんか?」

「そんなもん、いつまでも一人で待ってられへんやないか。」「それから、先生の言う事は最もですけど、やっぱり夕子だけは大丈夫やと思いますわ。俺が仮に襲うんやったら、もっと…女……」

「昌幸! それ以上は危険…や……」

「らしい……痛っ!」

「もっとなんや! アホっ!」


「夕子の場合は、確かに心配なさそうやなぁ…昌幸、お前の方が心配や。しっかりせい。大丈夫か?」

「せんせ~ぼ、僕…生きてますか?」

「しゃべったらアカン。危険な状態や…」


「アホっ!うちを放っといて二人で遊ばんといて。ほら、さっさとせんかいな。お好み焼食べに行くんやろ?」

「……せやったな。先生、良かったら帰りになんか買うてきましょか?」

「野口やろ? ほな、焼きそばと焼うどんのチャンポン大盛りや。慌てへんけど、早い方が嬉しい。」

「ややこしい言い方せんでも、先に焼いてもろて届けるやんか…マサが………」

「……はい、お、俺が届けますわ。」

「お前らの力関係は、どうやら死ぬまで変らんみたいやな。」


「そんなん、当たり前やんか!」
「えっ、どう云う事なんですか?」


「二人同時に…」「息は合うてるようやけど、内容は全く違うみたいやなぁ……」

「ええか昌幸、女は子供が出来たら一気に強く成るんや。今でこれやと云う事は、答えはおのずと出てるやないか。」

「今より強くなられたら…俺は………」

「それでも一緒になりたいんやろ? 覚悟するしかないやないか。」

「アホっ!。ええ加減にしいや。二人で遊んだらアカンって言うてるやろ。とにかく決めつけんといて。」「早よ、お好み焼きや…だいたい、娘が嫁に行くのを喜ぶ父親なんか可笑しいやんか?」

「アホっ、誰が喜ぶねん。昌幸以外やったら反対するわ……」「ほい、早よ行って、買うて来てくれ。」

「先生、俺…心の師と……」

「マサは黙っとき! ほな、うちはマサ以外とは結婚したらアカンのんか?」

「アカン事はない……俺はな。」「お前がアカンのとちゃうんか? 昌幸でないと。」「さぁ、早よ行って来てくれ、腹ペコなんや。」

「……な、なにをアホな事を…もうええ。マサ行くで。」


 「芳月のアイスクリームも忘れんなよ~」

「やかましいわ……常識やないか……」


制服と割烹着(夕子と昌幸・青春篇) 第13話


 「なぁ夕子、たまには昌幸くん連れておいでや。長いこと来てないやんか。」

「そうなんやけど…私はお店に入ってるし、社会人なんやから、お客さんとして来たらええんやけどな、まだ酒が飲まれへんもんやから。今が一番、中途半端なんや。」

「お酒は仕方ないけど、御飯だけでもええやんか…あの食べっぷりが好きやのに。」

「お母ちゃんも結局はマサのファンに成りきってしもうたな。あのアホ、うちの予想をはるかに超える人気モンやったんや。」

「予想通りとちゃうのんか?」

「みんなそう言うんや…うちの評価だけが低いんが不思議でたまらんわ。」「まぁ、あいつ誕生日が4月で早いから、半年もしたら飲めるようになる。そうなったら来るなって言うても来よるわ。」「もちろん、御飯ぐらい食べに来るよう言うとくけど…お母ちゃんが『あの食べっぷりが好きや』って言うてた事を聞いたら、明日にでも飛んできよるで。」

「是非、お願いしますわ。けど私は、夕子の食べっぷりも大好きなんやで……」「その隅っこに二人並んで食べる姿が見られんようになって、寂しいんですわ。」

「そうやなぁ…これからは滅多に無いやろなぁ……」「マサと二人、あそこに座って…お母ちゃんには数えきれんほどご馳走になったわ。あんまり思い出に浸るようなタイプや無いんやけど、ほんま懐かしいわ。」

「今から思うと『あっ』という間でしたけど、ほんまに二人の成長が嬉しくて楽しみでしたんや…思い通り、立派に育ってくれました。」

「いややわ~お母ちゃん、しんみりして来るやんか……」

「夕子はしんみりせんでも宜しい。あんたは懐かしいだけかも知れんけどなぁ、なんべんもハラハラドキドキさせられて、いやって云うほど恥ずかしい思いさせられて…そんな苦労からそろそろ解放されると思うと、そら感慨深いもんが在りますんや。」

「お母ちゃん…うちが今、ハラハラドキドキしてるんやけど……」

「ふふふっ……自分の子供の事となるとそんなモンや在りませんで……」「藤川さんとこも大変やったと思いますわ…きっと。」「けどあんたを超えるためには、昌幸くんが3人必要やからね。」

「なんぼなんでも、それは無いやろ?」

「やっぱり、3人では足りませんか?」

「…うちの実績って、そんなに凄い?」

「今日の仕込みはほとんど終わりましたけど、この際やから、お店休んで、一つずつ思い出してみよか? 明日の朝までには終わると思いますけど?」

「お母ちゃん、もしかして…うちを生んだ事を後悔してるんとちゃうやろなぁ?」

「そんなん思うた事も在りませんわ。」「そうは云うても、お父さんと一緒になった時点で覚悟はしてましたけどな、妊娠してだんだん大きくなるお腹を見てたら、ふと恐竜の卵に見える時が在りましたんや…出て来たんは怪獣でしたわ。」

「それって、後悔してるようにしか聞こえへんやんか。」

「思うた事も無いって言うたやないの。期待や楽しみの方がずっとずっと大きいんやで。その期待と楽しみが希望やんか。夕子あんたは、私とお父さんの希望そのものなんやから、あんたこそ後悔するような事をしたら、その時こそ私とお父さんが悔やんで涙する時なんやで…覚えといてや。」

「うん…『ズン』と来たわ。」「もし、うちが将来、もっと凄い怪獣を生んだとしても、それは希望になってくれるんやな?」

「そんなん、あんたら夫婦の問題やんか。」「私らにとっては、可愛いだけの孫なんやから、甘やかすだけ甘やかして猫可愛がりするに決まってるやんか。」

「お母ちゃんって、うちなんか足元にも及ばんような怪獣やったんとちゃうか?」

「アホな事言わんといて。私は、あんたとは違うて、ままごとやお人形の好きな女の子でしたんや。」

「どうも怪しいんや…今となっては、お母ちゃんは、お祖父ちゃんもお婆ちゃんも亡くなって確かめようが無いからなぁ。お父ちゃんに聞いてもあやふやに誤魔化しよるんは、お母ちゃんがきつい口止めしてるからやと、うちは睨んでるんやけど……」

「もう、しょうも無い事考えんと、この頃は料理の腕も格段に進歩してきたんやから、そっちの方に力を注いだらええやんか。」

「お父ちゃんの遺伝子だけで、うちみたいなんが生まれるかなぁ、突然変異でもあるまいし……」

「何を言うてるの、そのまんま、世間では私と夕子を見比べて、『突然変異』やって言われてるやんか。」

「突然変異なんか実際には起こらへんやろ。」

「起きましたんや、それが。」

「もしもの話やけど、うちとマサの子供に突然変異が起きたら…考えただけでも恐ろしいもんがあるで。」

「せやから、そんなんあんたら夫婦の問題やって言うたやろ。私らにはただ可愛らしいだけの孫ですんや。」

「うちの場合……マサと結婚なんかしたらアカン気がしてきたわ。」

「心にも無い事言わんとき。素直になったらええんや。幸せって云うのは『普通と平凡』って事なんやで…夕子もええ加減気付いたらどうや。」

「うちとマサが普通と平凡やろか…?」

「・・・・・・」

「そない素直に詰まらんでも……」

「ええか、あんたらは普通でも平凡でも無いですけど…背伸びをせんと、変った事を望まへんかったら、あんたらが一緒になるのは…普通で平凡な事とちゃいますか。」


 「・・・・・・」 

「そない素直に詰まらんでも……」


制服と割烹着(夕子と昌幸・青春篇) 第14話


 「マサ、非番の日に昼御飯を食べに来てくれた云うて、お母ちゃん喜んどったわ。せやけど、うちが居て無い時を選んで来た分けやないやろなぁ…?」

「アホな事を…そんなはず無いやろ。酒も飲めんのに夜に行ってもと思うて、昼御飯にしたんやないか。」

「判ってるよ…さすがに、ええ食べっぷりや云うて感心しとったで。」

「やっぱりおばちゃんの釜めしは最高やったわ。けど、最近は出汁や味付けも夕子がしたりする事も在るそうやなぁ。上達の早さが凄いと褒めとったで。」

「加減の出来る女へ変身するって言うてたやろ…サナギの期間は迷惑も掛けたかも知れんけど、無事に孵化して変身は完了したんや。」

「ほ~っ…サナギの期間って普通はじっとして大人しいモンやと思うけど、さすがに夕子や…暴れまくってくれたなぁ…もうちょっと孵化に時間が掛かってたら、俺か先生のどっちか死んでたど…絶対。」

「じっとしてたら、孵化もして無かったんやから、華麗な孵化に貢献出来たと喜んどいたらええねん。」

「あのなぁ…華麗な孵化と聞いて連想するんは、普通はアゲハ蝶とかやろ? せやけど、お前の場合はミヤマクワガタかマイマイカブリやないか………あれっ? ゆ、夕子…ど~したんや?」

「アホっ、殴られるんを予想して言うのはやめてくれるか。」「それになぁ、アゲハ蝶よりミヤマクワガタの方が好きなんや…怒られへんやろ。」

「しもた! お前の嫌いなマイマイカブリだけにしといたら良かったなぁ…」

「……なんで、うちがマイマイカブリを嫌いやと? 確かに好きや無いけど。」

「お前、カタツムリもエスカルゴも嫌いやないか。見た眼は真っ黒で細長い手足…そっくりなんやけどな…痛っ! ここやったんか~~今のは効いたど…」

「やかましいわ! 真っ黒で細長い手足で悪かったなぁ…そのマイマイカブリに嫁に来てくれと言うたんはあんたやで。」「今更、あれは嘘やったと言うつもりなんか?」「それやったら、うちも……」

「違う~。それだけは違う……『それやったら、うちも…』って、おまえこそ、『嘘でもええから』とは言うたけど、ほんまに嘘やったんか?」

「いいや……それは違う…嘘なんか言うてへんで。」

「…ゆ、夕子~俺、素直に喜ぶで………」

「あんた、さっき『しもた!マイマイカブリだけにしとったら』って言うたやろ? どない考えても怒られるために言うてるやんか。うちの言うた通り、あんたは、うちに怒られて喜んでるってわかるやろ?」

「ど~なんかなぁ? そう言われたら怒られるのは計算に入ってたけど……」「とにかく思いついたら黙ってられへん性格やって、お前も知ってるやないか。わざわざ怒られようと思うてる分けとは違うと思うで。」

「ほんなら『真っ黒で細長い手足』って云うのは、うちの受け答えに関係なく、どうせ言うてたって事なんか?」
「うん。絶対言うてた。」

「2回殴られても?」

「せやねん。思いついた時点で体を張る覚悟が必要やねん。」

「それで、覚悟って簡単に出来るんか?」

「長い間に身に付いたみたいで、覚悟は出来るんや。けど今日でもそうや…お前の怒るタイミングが読み切られへん。ここを間違うと恐怖は倍増してしまうんや。」

「あんた、ほんまに子供の頃から進歩してへんなぁ。そのまんま大きなっとるやんか。」

「夕子の事になるとそうやと思う。どう云う分けかお前と居てると、気持ちも性格も考え方まで子供の頃に戻ってしまうんや。」

「それは~…あんたほどや無いけど、うちにも当てはまるで。誰と居るより安心出来るし、楽しいと思う…『せやけど』………」

「それは嬉しいけど…夕子、さっきの一撃はきつかったでホンマ……なぁ『せやけど』の続きは…?」


「…女って事も忘れてしまうんや。」

「……な、なるほど。」「せやけど………」

「どないしたんや? あんたこそ、『せやけど』の続きは?」

「うん……せやけど、夕子お前……嫁に来てくれるって云うたのは…嘘や無いって言うてくれたよなぁ?」「あそこは、本気にしといてええんやろ?」

「うん、嘘や無いで…本気にしといてもかまへん。」「ただし、条件付きなんを忘れたらアカンで。その件については、オリンピックの出場を決めたら…改めて相談においで。」

「よっしゃ絶対に決めてみせたる……待っとってくれ。」


「あせる事はない………心配せんでも、あんた以外は訪ねてけぇへんわ。」


制服と割烹着(夕子と昌幸・青春篇) 第15話


 「お父ちゃん、マサがアホのくせに血迷うたんか、車を買いよるらしいんや。」

「お前、もうちょっと他の言い方でけへんのか? 昌幸の事となると特にやけど…ほんまにアホが血迷うたんやったら、そんな奴に車の運転やらしたらアカンやろ。」

「いや、運転は心配ないねん。あいつ運動能力は並はずれてるし、ハンドル持ったら意外なほど『ビビり』やから、安全運転間違い無しなんや。」

「ほんなら、ええやないか。なにがアホで血迷うてるんや?」

「駐車場はど~するつもりやって聞いたら、それが問題で買われへんって言いよるんや。」

「……なぁ、買いたいけど、やめたって話なんか? たしかに藤川さんとこには今更、駐車場は作られへんと思うけど…お前、何が言いたいんや?」

「うちは、いっぺん買うと決めたんやったら『スパッ』と買うたらええやないかって言うたんや。ほんなら、あいつ『考えて見たら、この辺は電車、地下鉄、バスと、ごっつい便利やし、難波や梅田もすぐそこや。車なんか慌てんでもええ』って言いよるねん。」

「その通りやないか。」

「いややわ~お父ちゃんまでそんな事言うたらアカンやんか。」

「お前、声の調子まで普段と違うてるやないか…結局、なんの話やねん。」

「車を欲しがってるのは、夕子やって事ですやろ?」

「お母ちゃん聞いてたんか?」

「うち見たいな大邸宅、どこに居てても聞こえますわ。」「ほんでこの大邸宅の庭に用事があるんですやろ?」

「やっぱりお母ちゃんや、話が早いわ。」

「え~っ、ほな夕子お前…うちの前栽を駐車場代わりにするつもりなんか?」

「骨接ぎの看板を移動する場所まで考えて在るんやで…これ以上は無いと云うほどの解決策やと思うんやけど?」

「思うんやけどって…看板だけはちゃんと、骨接ぎや無うて『青田鍼灸整骨院』と云うてくれるか。」「まぁ、それはええわ…ほんで昌幸はなんて言うてるんや?」

「そんな事出来る分け無いやろ~俺の親かて困りよるわ~って…」


「うん、普通やな。ほんでお前は?」

「うちに、まかしとき! って…」

「…それもお前らしいな…ほんで相談に来た分けかいな? お母さんはどう思う?」

「そんなん…私に振られても……」「かまへんと云えばかまへんけど、逆に藤川さんの方がそれでもええと言うてくれんと……なぁ、お父さん?」

「それやったら、うちが説得済みや。」「よっしゃ~これで解決や。」

「お前、ほんまもんの怪獣やなぁ。」

「何とでも言うて。今度の土日はトヨタの日なんや。」

「買う車も決まってるんか?」

「大体はな…あいつ一人ではセンスの欠けらも無いし。第一あいつの好みは、うちの好みなんやから。」

「なぁ夕子、あんたこの頃は将来の事も受け入れて、色々と話をしてるのはよろしいけどなぁ、あんたの話を聞いてると、あんたが嫁に行くんや無うて、昌幸くんがあんたの婿に来るみたいに聞こえますんや。そこは間違うたらあきませんで。」

「そんなん間違いようがあらへん。ただ名字が変わるだけの事やんか。力関係はなんにも変らへんねん。その件についても、マサのおばちゃんと解決済みなんや。」

「戦後、女と靴下が強くなったと言いますけど、お父さん、あんた一人で夕子を生んだんとちゃいますか?」

「アホな事を言うな。俺がど~やって一人で生むんや…今の話なんか完全にお前の遺伝子やないか。」

「お母ちゃんの遺伝子については、うちも興味が在るんやけど、この話の続きはまた今度や。さぁお母ちゃん、買い物と店の準備に掛かるで。」

「夕子また…あんた、なんか在ったらすぐに慌てるんやから。」「今日はこれ以上、何が在るんや?」

「今日中に答えは出しとくから、仕事から帰ったら店に来るように言うて在るんや。最近は練習もきついみたいで、疲れて帰って来よるから、ちょっと元気の出る特別メニューでも作ったるつもりなんや。」


「あんた、4年も待たんとトヨタの日に籍も入れたらどうですねん。」

「それはアカン。お母ちゃんに言われた通り過ぎた期待はしてへんけど、うちはちょっと、オリンピック選手の女房に憧れてるんや。あいつの性格を考えたら、人参なしでも走る馬とは考えられへん。」


「夕子あんた…いつから人参になりましたんや?」

「見た眼はゴボウやけどな。せやけど、これだけは確かやで……マサは誰の為でも無く、うちの為にオリンピックに行って、金色の土産を持って帰ってくる……絶対や。」


制服と割烹着(夕子と昌幸・青春篇) 第16話


 「おい夕子、暇やったら手伝うてくれてもええやないか。」

「勝手に決めたらアカン。こんだけ寒むいのに、うちみたいな南方系民族はコタツでみかん食べるのに忙しいんや。」

「お前ほんまに、人に言われたら怒るくせに都合のええ時だけは……」

「都合で言うてるんや無いで。興味が在るか無いか…好きか嫌いかの問題や。」

「ええか…俺は慌てて買う必要も無いやろって言うてるのに、なんでも手伝うから、一旦決めたもんは変えるなって、お前が進めたから車を買うたんやで。」

「一番必要な駐車場の獲得を手伝うたったやないか…もう忘れたんか?」

「有難う……それは忘れて無いで。」「ちゃうやんか…それはそうやけど、なんでも手伝うって言うのはそれとは別と違うんか?」

「別もなにも、何でも手伝うとは言うてへんやろ。一人でしんどかったら運転も代わったる。出かける時は気分が向いたら弁当も作ったる。パンクしたら放っとく分けにもいかんからタイヤ交換も手伝うたる…それぐらいやったはずやで。」「誰も洗車まで手伝うなんか言うてへんやろ。」

「なんでやねん。なんでも手伝うって、あの時には言うてたやん。」

「今、言うた以外の事については『気が向いたら』や……覚えとき。」

「おいおい……ほな、今日の洗車は気が向かへんと云う事かいな?」

「気が向くも何も、どこが汚れてるんかも解らんぐらい綺麗な車を、こんな寒い日に洗う奴の気持ちは南方系民族には理解出来へんと言うてるんや。」「とにかく、車なんか動いたらええやないか。」


「どこが綺麗やねん? ドロドロやないか。おまけに鳥のフンだらけやし…あれが気に成らん奴の方がおかしいやろ?」

「嘘やん。買うた時にはピカピカやったやんか…もう、汚したんか?」


「お前、完全に動く気なしやろ。」

「せやから、コタツでみかん食べるのに忙しいと言うたやんか。」

「せっかくの休みに早起きまでして来たんやど。やる気無くすやないか…ちょっと俺にもみかん一つくれるか?」

「マサ、あんたはやめとき。」

「なんでやねん?」

「いっぺんコタツに入ったら、外に出るの厭になるで。」

「もう、成りかけてるわ。」

「アカン。ほな、尚更や。」「早よ行って洗といで。」

「お前の悪魔度…料理の腕の何倍も上がってるみたいやなぁ。」


「車は誰の車や?」

「えっ、それは俺の名義やから……」

「駐車場は?」

「それは…先生の……」

「洗い終わったら出かけるんか?出かけへんのんか?」

「えっ、どっか行く気あるんか?」


「気が向いたらやけど、そら、洗車までして誘われたら、普通は気も向くわなぁ。」

「…おっと……早起きしたから、まだこんな時間やしなぁ…ワックスまで掛けたいけど、頑張ってくるわ。待っといてくれ。」

(ほんま、しゃ~ない奴っちゃなぁ…よっしゃ…ほな、うちも……)



 「おい夕子、またせた…ん?」「先生、夕子知りませんか?」

「なんや昌幸、知らんのんか? 出て行ったけど、だいぶ前やど。」

「え~~っ。やられたかな? そんな奴とは違うんやけど……」「あっ先生、それから、お礼は前にも言いましたけど、親父なんかも気を使ってますんで、改めて駐車場の件は有難うございました。」

「おいおい、改めてって…何を今更やないか…気にすんな、俺はそんなケツの穴の小さい男とは違うで。」

「えっ先生…ケツの穴大きいんですか?」

「アホっ、そんな意味とちゃうやろ。」

「毎日トイレで大変でしょうね?」

「大変やあるか!アホっ…ほんまに子供のころから、お前だけは……分かるやろ?」

「はい、トイレットペーパーが大量に必要ですよね?」

「アホっ、違うちゅうねん。」


「あんたら楽しそうやけど、家の前で漫才するんはやめてくれるか。」

「おおっ夕子、何処に行ってたんや?」

「マサが、うちに騙されたと思う前に帰ったるつもりで頑張ったんやけど、そんな心配は必要なかったみたいやなぁ…さぁ行くで。」

「ゆ、夕子、それ…?」

「弁当や。」

「・・・・・・」

「なんも言わんでええ…気が向いたんや。」


「なぁ、今日のこれは…デートとは言わへんのか?」

「人に言わへんのやったら、好きなように思うとったらええ。」

「デートや。デートや。デ~~トや~」

「行くんか? 行かへんのか?」

「どちらを御希望でしょうか?」

「紅葉はどうやろ? ちょっと遅いかもわからんけど……」

「枝に一枚でも残ってたら、俺は全然かまへんで~」


 「お前らも、俺の事は放っといて、二人の世界に入っとるやないか、早よ何処へでも行ってこい…あほらしい」



制服と割烹着(夕子と昌幸・青春篇) 第17話


 「早いもんやなぁ。年末は忙しいから余計にそう思うんやろうけど、あっという間に、もう正月が来てしまうやんか。」「なぁ、お母ちゃん、明日から学校も冬休みやから、残りわずかやけど気合い入れて頑張るから期待しとってや。」

「はい。もう、すっかり一人前になって…こんな早いとは思うて無かったですわ。」「それで、なにか考えてますのんか?」

「和風が店の路線やから、そこにはこだわるつもりなんやけど……唐揚げ、ハンバーグ、豚カツをみんな和風味で作ってみようと思うてるんや。」

「なるほど、それやったらクリスマスにも合いそうですなぁ……」「これからは、あんたら若い人らの感覚が必要です…さっそく明日から作って見たらよろしいわ。」


 「お父ちゃん、今から店に行くんやけど、実は、ちょっと新しいメニューを作ってみるんや。今日の昼御飯は店に来て食べてくれへんか?」

「えっ、お前、学校は?」

「もう…やっぱり酔うてたから覚えて無いやないか。言うたはずやで、うちは今日から冬休みなんや。」

「そうやったかなぁ…」「それで、人体実験のモルモットになれと言うんやな?」

「来んでもええ。ほな、行って来るわ。」

「あの~是非…ご馳走になりたいんですけど…何時に行けば?」

「アホっ、なんで素直に言われへんのや。」

「なんでって…これが素直にした結果やないか。知ってるくせに。」

「ふ~っ。うちの周りに居てる男どもは、なんでこんな奴ばっかりなんや。」

「アホっ、俺と昌幸の二人だけや無いか? なにを大袈裟な事言うてるんや。」

「二人で十分やろ! こんな奴、何人も居ったらたまらんわ。」

「スマン…男に限らんかったら、お前を入れて3人やったわ。」

「やかましいわ!」「ほんで、どっちにするんや? うちは忙しいんやで。」

「行く行く。この頃はモルモットにされてた頃が嘘のように腕をあげたからな。それに麺類とちゃうだけでも有難いんや。」

「ほんまにアホ親父が…スッと言えスッと。来るんやったら、昼の忙しい時間を避けておいでや。」

「よっしゃ。遅めの昼御飯でいくわ。」

「それがええわ。3品あるから、お腹へらして来るんやで。ほな、行ってくるわ。」


 「ふ~っ、昼間は、いっとき集中やから、夜とは違う忙しさが在るなぁ……」「後はお父ちゃんの味見やけど、電話して呼んでもええやろか?」

「やめといた方がええと思いますよ。お客さんの都合が在るから…お父さんにまかしといたらええやんか。」「早よ来て欲しいのは分かりますけど、あんたの悪いとこやで…慌てなさんな。」

「せやな…結構、自信作なもんやから。」

「大丈夫。きっと美味しいはずです。」「作ってるところから見てましたけど、申し分無いと思いますわ。」「あとは、モルモットの口に合うかどうかですけど、たくさん作って、いろんな人に食べてもろうた方が、よう分かるんと違いますか?」

「それはそうかも知れんけど…まだまだ臨床実験をしてからで無いと、人が食べられる物なんか、モルモットも嫌がる物なんか、自信を持たれへんねん。」

「これは、自信作なんですやろ?」

「自分では自信作でも、お客さんに出すとなると勇気が必要やんか。」

「夕子の気持ちは分かります。でも、これからは自分の口を信じて、夕子が美味しいと思うた物は、遠慮せんと多めに作って、心安いお客さんに試食してもろうて意見や感想を聞いたら宜しいねん。」

「わかった、そうするわ……」「とにかく、今日お父ちゃんが美味しいと言うてくれたらの話や。」


 「お父ちゃん、何してたんや?」

「ごめん。お客さんのタイミングが悪うて、どないしようも無かったんや。おかげで、腹ペコで死にそうや。」

「腹ペコは好都合や、まずはこの唐揚げから食べてみてくれるか。」


 「……旨い。」「これは…一見、普通の唐揚げやけど、なるほど和風味か? タレが掛かってるんか?」

「タレとダシの間やなぁ…唐揚げ専用に甘めの和風だしを作ったんや。中々いけると思わへんか?」

「中々どころか、俺には初めての味わいやけど、今までなんで無かったんやと思うほど旨いやないか。」

「それは素直に嬉しいわ。全部食べてええんやけど、ちょっと置いといて、次はこれとこれも一緒に出すから食べてみて。」

「よっしゃ。ハンバーグとカツとじ…のようやけど和風なんやな?」

「せやねん。ハンバーグは大根おろしは見ても分かるやろ? そこにたっぷりの生姜と、柚子のきいたポン酢醤油で食べてもらうつもりなんや。」「カツとじの方は、そのまま御飯に乗せたらカツ丼やないかと言われたら、その通りなんやけど、洋風の豚カツとはもちろん違うし、実は特製の味噌仕立てにして在るんや。」

「お前、イキイキしてるなぁ。ほんま…情熱が伝わって来たわ。」「ん? 生姜が最高や。これは俺用に一杯入れたんか?」

「あっ、その通りやわ。喜ぶと思うたんやけど多過ぎた?」

「いや、俺にはええけど、生姜なんかはクセが在るから、お客さんの好みで入れられるようにした方がええと思うで。俺はニンニクも在りやと思うけど、どうや?」

「和風やからニンニクは考えて無かったけど、面白いかも知れんなぁ…いっぺん試してみるわ。お客さんの好みでって云うのはその通りやと思う。有難う。」


「うん。」「………こっちのカツとじは文句の付けようが無いわ。御飯にも合うし、この濃い味が酒にも合うやろ?  仕事中やしなぁ…御飯くれるか?」


制服と割烹着(夕子と昌幸・青春篇) 第18話

 「おい夕子、年が明けて…俺も4月には二十歳や。俺は気にして無かったんやけど、この正月に親父とお母んが言うには『お前も今や社会人や。4月には二十歳にもなる。夏のボーナスで婚約指輪ぐらい夕子に買うたらんと可哀そうや』って言いよるんやけど…お前の意見は?」


「マサ…あんたアホやろ?」

「えっ…?…?」

「驚かんでもええ。もう一つは無駄な事をやらん間に言うてくれて有難うや。」

「え~~っ???」


「その頭の中のクエッションマークをまず白紙に戻すんや…戻ったか?」

「…?…?…?…」

「ん~どうも、数が多いようやなぁ………」「マサ! 思考停止や!」


「…ハッ……も、戻った…と、思う…」

「ええか? まず、婚約指輪を買う話を、渡す相手に相談してどないするねん…アホっ。」「この前の、車を買う時とは訳が違うやろ? 『指輪の駐車場所を契約に来ました』とでも言うつもりやったんか?」


「そ、それ…ええやんか。使わして……」

「使わんでええ! アホっ!」「それに、プロポーズの時に、密かに渡すと云う設定が、うちの好みなんや。」

「それやったら……」

「アホっ、もう遅いわ…高校も卒業してへんうちに、ストレート勝負してきやがって。すでに順番もタイミングもバラバラなんや。」

「それを言われるとやなぁ……」

「けど、全然…それで良かったんやで。」


「えっ、ほんまにか?」

「ほんまやで。」「好みやとは云うても、映画のような場面は、うちとマサには似合わんやないか…それに『もう一つは無駄な事をやらん間に……』って言うたやろ、覚えて無いんか?」

「頭の中で『あんた、アホやろ?』の一言が繰り返し響いてる時、かすかに聞こえたような気がするけど……」


「いつものマサに戻ったみたいやな。」「ズバリ言うけど、婚約指輪自体…まったく、いらん。全然欲し無い。」
「せやから、無駄な事をやらん間で良かったって言うたんや。」


「夕子お前、矢印型の尻尾以外に…チンチンまで生えたんとちゃうやろなぁ?」

「いつ見たんや? うちの秘密を…?」

「やっぱり……」

「こらっ! 見たんかい!」

「…み、見てません。」「けど、真実を明らかにする為にもいっぺん……痛い…って……」

「せやろなぁ…うちの手も痛かったわ。」

「お前、加減の出来る女に……」

「アホっ『あんたへの手加減は含まれへん』って言うたんまで忘れたんか?」

「う~っ、今、思い出した……」

「それは、良かったな。」「なぁマサ…あんたが、なんかの間違いでオリンピックに行けたとしたら、その時に結婚指輪だけ買うてくれたらそれでええ。うちが身に付ける貴金属は、生涯それ一つで十分や。」

「これって、喜んでええんやろか?」

「好きなように取ったらええけど、うちは無理して言うてるんや無いで。身に付けるモンなんか大嫌いや…首に巻くのも、耳にぶら下げるのも絶対にお断りや。ルビー? ダイヤモンド? ただの石や無いか、アホらしい。こんなモンをうちが喜ぶはず無いやろ。」

「男前や~まったくもってお前らしい考え方やで。」「まぁ俺も、石に高い金を払う奴の気が知れんとは思うけどな…そうなるとお前が欲しい物って…いったい何やねん?」「車は欲しがったなぁ…ただ、汚れてても、走ったらええってタイプやけど…」

「アホっ、それも当たり前やないか。」「ええか…車は便利やし必要やろ? せやけど人や物を積んで走る以外に、何を期待するねん…綺麗な必要が無いやんか。」

「いや、ほんまにお前らしいけど……そうは言うても、欲しい物は無いんか?」

「ん~~強いて言えば、ジャージやな。」

「ちょ、ちょっと待て。それは可笑しいやろ19歳の女が……まぁ確かに、お前って365日、ジャージやなぁ……」「当たり前過ぎて気にして無かったけど…専門学校にもそれで行ってるんか?」

「アホな事言わんといて…たまにはジーパンぐらいはくわ。」

「たまのジーパン以外は?」

「ジャージに決まってるやんか。」「他に持って無いしなぁ…せやから外出用に新しいジャージが欲しいんや。」

「お前、在る意味、小学校の時が一番女らしかったのかも知れんなぁ。やってる事は、悪魔や怪獣より凄かったけど…女の子の服も、わずかながら見覚えが在るわ。」

「しょ~も無い事思い出さんでもええ。あんたかて、柔道着とジャージ以外のモン、あんまり見覚えが無いで。」

「失礼な事言うたらアカンど。制服が在るやないか、制服が。」

「何が失礼や。制服は仕事用やんか。」

「お前のジャージは通学から仕事までオールマイティやないか。俺は少なくとも別れてるんや、お前とは全く違う。」

「……せやから、新しいジャージは色合いの違う物を買うたらええやんか。」


 「お前の場合、根本的な部分に問題が在ると思うで…俺は。」


制服と割烹着(夕子と昌幸・青春篇) 第19話


 「記念すべき二十歳の誕生日は休みを取る事にしたからな。」

「アホか。なに乙女チックな事を言うてるんや。」

「いやいや、俺もそんな考え方は持ち合わせて無いんやけどな……そうしといたら安心して飲めるやないか。」

「それがアホやって言うてるんや。あんた、昼間から飲むつもりなんか?」

「そんな分け無いやないか。ええか、お前が飲まれへんのは仕方ないから、先生が付き合うてくれる約束まで出来てるんやで。」

「せやから、お父ちゃんかて仕事が終わってからやんか。あんたも帰って来てからでええのとちゃうんか…なんの為に休むんや?」


「……そうか。」

「気が付くのが遅過ぎるわ。ほんまにアホな奴っちゃなぁ……」

「いや…けど心配はいらん。」「勤務の都合上、連休になったんや…休みを取る必要は無かったって事か……」

「ふ~ん……それやったら、まぁええやないか。」「あんたは普段から休むような事も無いんやし、二日酔いを予定して休むより、二十歳の誕生日の方が休みやすいやろ…たまにはのんびりしたら?」

「う、うん…せやなぁ……そうするけど稽古は2日も休まんで済みそうやなぁ……」

「もう……ほんま、アホなんか…真面目なんか…ややこしい奴っちゃで。」

「まぁ酒とは初対戦やからな。俺には強敵なんかどうなんか……とにかくこれで安心して飲めるわ。」

「せやな、うちも早よ飲みたいわ。」「小さい頃から酒飲みとは付き合うてきたけど、無茶苦茶美味しそうに飲みはるんや。時たま、難儀な人も居てるけど、お酒が人を楽しくさせるんは間違いないわ。」

「うん、俺もそう思う。」「けどまぁ、家では飲まへん親父が、忘年会とかで飲み過ぎて、しんどそうなんを見てるから、ああは成らんように気を付けるわ。」

「相手がお父ちゃんだけに、乗せられたら終わりや…あんたの場合、気を付けても無駄かも知れんで。」



 「誕生日は誕生日でも、二十歳の誕生日やからなぁ、ほんま、めでたい事やで。」

「よっしゃ。記念すべき最初の一杯はうちが注いだるわ。はいマサ……おめでとう。」「お父ちゃんも…はい…」


「………ふ~っ…」

「マサ、どうや……?」

「なんとも、想像してた味ともちょっと違うし。人の話を聞いてたら、もっと苦いんかと思うてたけど…『これがビールか』としか言いようが無いわ。」

「うん、まぁそうやろなぁ。俺も最初はそう思うたような気がするわ。」「ほんでも…これがクソ暑い夏になる頃には、こんな旨いもんは無いと思うようになってるはずや。」「おい夕子、あの唐揚げを頼むわ。いまや大好物になってしもたんや。」「昌幸も好きなモンを遠慮せんと食べるんやど。お前が酒を飲んで金を払うんは、明日からや。気にせんと、じゃんじゃんいけ。」

「はい、有難うございます。今日もトレーニングと稽古はしっかりしてきたんで…しっかりと腹ペコですわ。」「なぁ、夕子に任せるから、適当に出してくれるか?」

「まかしとき。とにかく、あんたも大好きな唐揚げは準備出来てるからな…これから食べといてくれたら、後はあんたの好きなもんを順序よく出したるわ。」

「うん。ほんで焼酎もちょびっと味見をしてみたいんやけど…ええかなぁ?」

「もちろんや。良かったら日本酒も試してみたらええんやで。うちには酒の味は分からんけど、食べるモンとは相性が在るみたいやから、その辺はお父ちゃんと相談したら…そうやお父ちゃんはビール以外はウィスキーやったなぁ……」

「おいおい、いきなりチャンポンは効き目が強過ぎるんとちゃうか?」「明日は休みらしいけど、ほどほどにしとけよ。」

「はい、飲む方は無理はしません。食べるんは任しといて下さい。」



 「なぁ、マサ………」「アカン、気を失うてるみたいやで……どうする?」

「これは俺でもきついけど、担いで行くしか無さそうやなぁ。まぁすぐそこやから、担ぐ時だけ手伝うてくれ。」「それにしても、食べるんは凄い量を食べよったけど、酒はほとんど飲んで無いやろ?」

「うん、そうやねん……最初のビールがコップで2杯やろ? ほんで焼酎がロックで1杯と2杯目が…それや。」

「…こいつ完全に下戸やな……」

「そうですなぁ…それもかなりなレベルですわ。」「はっきり言うて、酔うてる間が無かったですもん。物凄い食べっぷりで、ときたまコップに口を付ける程度で……箸が止まったら…体の機能も止まってましたわ。」

「うん…お母ちゃんの言う通りやと思う…その後、うちと一瞬目が合うたんやけど、体に続いて、頭も停止しよった。」

「まぁ、一息ついてからにしなはれ…担ぐんはお父さんでも、夕子も一緒に行って藤川さんに一言、状況を説明しとくんやで。」

「うん、分かった。」「せやけど、うちはどうなんやろ?マサよりは飲めんと女将は務まらんと思うんやけど?」

「あんたは血統から考えても、それこそ突然変異でも無い限り、絶対飲めるはずですわ。」

「そう云えば、マサの家でお酒の類を見た事が無いもんな。うちの家とは大違いや。」

「せやなぁ、藤川の兄ちゃん、元々大人しい人やけど、酒を飲んでるところを見た記憶が無いわ。」
 


「お父さん…そろそろ………」

「せやな、家まで送り届けたろか。」

「なぁ、これでも明日は、二日酔いになるんやろか?」

「この量で二日酔いになるくらいやったら、昌幸の天敵は夕子だけでは無くなるで。」


制服と割烹着(夕子と昌幸・青春篇) 第20話


 「あっ、おばちゃんお早う。マサ大丈夫やろか?」

「夕子ちゃん、昨日は迷惑掛けて、ほんまにゴメンやで。お祝いとご馳走までしてもろうた上に、最後は先生に担がれて帰って来るなんて、何を考えてるんや…あのアホ息子は。」

「そんなん、何にも迷惑と違うけど、どうなん? マサはもう起きてるのん?」

「ピクリともせえへんわ。夕子ちゃん行って起こしたってくれるか?」

「ピクリともって…何時間寝てるんや。」

「初めてや云うのに、いちびって無茶飲みしたんやろ? 体はごっついけど、お酒が強いはず無いんやから……」

「無茶飲みなんかして無いんやけど…なぁ、おばちゃんはお酒を飲めるんか?」

「飲めるもなんも、奈良漬でも目が回りそうになりますわ。」

「そうやったんや……」「今まで知らんかったんが不思議なくらいやわ。」



 「マサ~~なぁ、マサって……」「ほんまにピクリともせえへん。これは殴ったり蹴ったりもしにくいしなぁ……」
「クソっ…こそばしてもアカンか……」



 「うっ、う~~っ…ハッ…ハッ~~夕子……か…? 俺は生きてるんか? 天国と地獄を行ったり来たりする夢を見てたど。」

「ふ~まぁ……12時間以上寝てたんは間違いないからな。死んだように寝てたと云う意味では…夢の内容と一致するわ。」「ほんで、どうなんや…大丈夫か?」

「大丈夫やとは思うけど、とにかく経験した事の無い気分や……これが噂の二日酔いって奴やろか?」

「噂は聞いた事も無いし、うちも経験が無いから断言は出来へんけどな。病気もした事が無いあんたが気分が悪いとなると…それを二日酔いと言うんとちゃうか?」


「とにかく、教えて欲しい事が二つ在るんやけど、教えてくれるか?」

「そら在るやろなぁ…一つ目は? 帰って来た記憶が無いんやろ?」

「そこや。おそらく先生に迷惑掛けたと思うんやけど、どんな内容かを聞いてから謝りに行かんと仕方ないやろ。」

「それやったら大した事は無いわ。ここまで担いで帰って来ただけや。お父ちゃんにしか出来へんからな。」

「うん、申し訳ない…それは記憶の無い俺にも想像出来る。」「しっかり食べて腹いっぱいになったんは覚えてるんや。ほんで、もう食べられへんと思うた処からの記憶が、ぷっつりと無い…その後はさっきまで、天国と地獄を行ったり来たりや。」


「飲んだ記憶は残ってるんか?」

「いや、ビールを2杯と焼酎のロックをおかわりしたとこまでしか記憶が無い。」

「それはそうやろ、その通りなんやから。あんたが飲んだのは合計でその3杯だけや。」

「……おかわりした焼酎は?」

「ほとんど手つかずで、最後はお父ちゃんの胃袋へおさまったわ。」

「なるほど、それも一緒に謝っとくわ。ちょっと待っとてくれ。」

「どないしたんや?」

「いま気が付いたんやけど、膀胱が破裂しそうなんや。」

「…黙って、早よ行き。」

「お前が聞いたんや……」


 「ふ~、アカン…下を向いたら地面が歪んで見えるやないか。これも二日酔いの症状やろか?」

「多分そうやろ…お父ちゃんもおんなじ事言いよるから。」「ただ、お父ちゃんがそれを言うのは、ボトル1本空けた時の話や。」

「そ、そうか……俺も、そのくらい飲めるように成るんやろか?」

「あんたが真似したら死ぬと思うで。お父ちゃんとお母ちゃんの話によると、あんたは本物の下戸らしいわ。せやから鍛えても強くなる事は無いそうや…さっき、おばちゃんの話を聞いて、うちも確信したわ。」

「えっ、お母んが…なんて?」

「奈良漬でも眼が回るそうやで。」

「そう言えば食べへんなぁ。家で酒の話なんかした事も無いし、家系なんやろか?」

「せやな、藤川家の遺伝子かも…でも、そんなん、しゃ~ないやんか。」「ほんで、もう一つの教えて欲しい事ってなんや?」


「それや。俺…天国と地獄をウロウロしてたのに、さっき起こされた時は、三途の川を渡りかけた途中で気が付いて戻って来たんや…お前、なんか、心当たりが在るんとちゃうやろなぁ?」

「う~ん…心当たりなぁ……心に当たるかどうかは判らんけどな、どないしても起きへんもんやから…とりあえず、鼻と口を塞いでみたんや。」「あんた状況に合わせて上手い事、夢を見るんやなぁ?」

「アホっ、上手い事やあるか。殺人未遂の現行犯で逮捕したろか?」

「おうおう、逮捕出来るもんならやってみんかい。これでどうや…もっとか?」

「まいった…ストップやストップ。」

「二日酔いで、頭を振られたら効くやろ?お父ちゃんで実験済みなんや。」

「俺、お前がええ死に方したら厭やわ。」


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弘と書いてひろむと読みます

Author:弘と書いてひろむと読みます
主人公の夕子と昌幸は作者と同級生と云う設定。          ディープな町、西成区花園町の世界を御堪能下さい。

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