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夕子、西成区花園町在住。 第1~3話。      ( うちは夕子や …)


 (あらすじ)

 東京オリンピックに日本中が盛り上がった翌年の昭和40年。

 舞台は大阪、その中に在って、最もディープな町、西成区の花園町に暮らす主人公の少女【夕子】とオリンピックの影響で体操選手に憧れる少年【昌幸】二人を取り巻く個性豊かな人々の日常を綴った物語です。

 夕子の父【青田三郎】は元警察官。在る事を理由に退職後、整骨・鍼灸院を営むが、春駒姉さんの頼みを断り切れず、飛田のお姉さん達の性感マッサージを始める事に。元警察官で顔も良く知られる上に、評判の二前目だった三郎。口コミでたちまち評判となり…大繁盛するが、居酒屋を営む母親【洋子】はそれに腹を立て出て行ってしまう。母親になんとしても帰って来て欲しい夕子の活躍が始まります。

 母親が戻って来てくれるまでの約一年を描いた、悪い人なんて出てこない浪速の人情コメディーです。 

 夕子と昌幸のやり取りを主軸に、母親の洋子が営む【居酒屋洋子】そしてこの店の常連客のおっちゃん軍団や父、三郎とその飲み仲間、夕子と昌幸の友達はもちろん、製麺所でパート勤めのお婆ちゃんなどに加え、母、洋子が友達の両親が営む居酒屋を引き継いだ経緯、三郎はなぜ警察官を辞めたのかなど、昔話も織り交ぜながら様々な人たちのやり取りが繰り広げられて行きます。
夕子と昌幸、現在二人は小学3年生。

 夏休み、運動会、遠足と季節が巡っていく中で二人は『これでもか!』と云うほどの活躍を見せてくれます。

 物語そのものは、主人公と同じ年齢の筆者が実際に経験や見聞きした事をフィクション化して創作したものですが、本文は冒頭部分以外、すべてがコテコテの大阪弁で語られる会話ばかりで進んでいきます。


  「おい、タコ…。」

 「うちの名前はタコとちゃう、夕子や。」

 …と、答えるのは、とても利発そうで、将来はすごい美人にと思わせる女の子。そう、この物語の主人公だ。しかも運動神経も抜群で走っても喧嘩しても、誰にも負けたことがない。このマサこと昌幸も例外ではない。
日本中が熱狂した東京オリンピック翌年の昭和40年、現在二人は小学3年生。


 「マサ、ええ加減タコって呼ぶのはやめて、呼び捨てにしてええから、夕子と呼んでや…なんべん言わす ねん。」

 「そんなこと言うても、ちっこい時からずっとやからなぁ…」

 「だいたいうちのお父ちゃんが、夕だけ漢字でコをカタカナで書いたりしたから、近所の大人が面白がって言いだしたんや。」   「散髪屋のおっちゃんが一番ひどい…」「あかん、考えかけたら腹立ってきた、お父ちゃんのこと好きなうちにやめとこ、うちお父ちゃんのことはどないしても大好きやねん。」

 「俺も好きや~ おっちゃんっておもろいし…なんと言うてもカッコええわ。」                                  「夕子は親子なんやからそう思うて当たり前やろ。まぁ、いろいろと困ったとこも在りそうなタイプやけど。」

 「マサ、あんたが言うな。」

 「なあ、そのおっちゃんなんやけど、お前とこ、この頃ケバい女の人がよう出入りしてるなぁ?」

 「せやねん、お母ちゃん出て行ってから、よけいにひどうなってん。」                                      「なんか、セイカンマッサージとか言うて怪しい雰囲気満載や。」

 「タコのおっちゃんて…」

 「ゆ・う・こ・や!」

 「…ゆ…夕子のおっちゃんて…腕のええ指圧師やけど、男前すぎるんや……って、俺のお母んが言うとった。」

 「たしかに、娘のうちの目から見てもカッコええ親父やと思う……。」                                      「警察官やった頃の制服姿にほれ込んだってお母ちゃんが言うとった。」                                    「お母ちゃんたらその話する時、今でも嬉しそうにしゃべるねん。」                                      「で、そんなことお父ちゃんに言うたら、お父ちゃんも嬉しそうに…『そやろ、そやろ』…って言いよるねん…。」               「大人って複雑でよう判らん生きもんや。」

 「俺らも、どんな大人になるんやろな……大きなったら、タコと結婚してたりしてな。」

 「絶対ない!それから、うちの名前は夕子や、今日中にもう一回、タコ言うたらしばくからな。」

 「それやったら大丈夫や、家までもうすぐやから。」「なぁ、今日は土曜で宿題多いから後でタ…夕子とこ行ってええか? お前もう拳骨に息吹きかけてるやん… 恐竜より凶暴なやっちゃな。」

 「宿題ぐらい一人で出来るようになりいや。だいたいマサはまず、九九全部覚えるこっちゃ。」

 「うん、七の段くらいからややこしいなるねん。」

 「明るく胸を張って答えるんやない!、頭掻いてるところが、かろうじて照れてるつもりなんか?」 「…ろくしち…?」

 「…42」

 「ななろく…?」

 「………………‼…42~~!」

 「思たほどアホでもないやん。けど、今日はあかん。お母ちゃんとこで晩ごはん食べるんや。」

 「ええなぁ、タコのおばちゃんプロや…痛っ!」

「今日中に言うたら、しばく言うたやろ。」

 「本番は前触れなしにいきなり蹴るもんな。」 「なぁ、それまでに、宿題終わらせてやなぁ、俺も付いて行ったらあかんか…?」 「本職の味…食べさせてぇな。…家にいてた時はよう食べさせてもらえたのに。」

 「あかん。土曜日は掻きいれ時や、開店前に食べて、うちもお店手伝うねん。」                              「マサといっしょやと、宿題なんか、終わるもんも終われへん。」

 「そっか、しゃぁないなぁ……。」

 「あんたら家の前でいつまで喋ってるねん、はよ入っといで。」

 「あっ、マサのおばちゃん こんにちは。」

 「はい、こんにちは…夕子ちゃんはホンマにいつも溌剌としてるねぇ、昌幸もこの半分でもシッカリしてたらええのに…。」

 「マサ、あしたの昼からで良かったらおいで、ほんなら、マサとおばちゃん、さようなら。」

「はい、さようなら…走ったら危ないで。……せや、芳月のアイスクリーム食べて行かへんか…?」
 

    芳月のアイスクリームには後ろ髪を引かれたが、手を振って振り向くや駆けだす夕子。  
       気持はすでに母親の営む小料理屋【洋子】に在った。


 「ただいま~………!……」

 「おかえり………静かに……」

 「……ふぅ、またセイカンなんとかや、よう分らん……。」                                             「…うち、今日は宿題終わったらすぐに出かけるから…晩ご飯はおばあちゃんと二人で食べてや。」

 「……ん…………。」

 「行先は判ってるやろ、はよ帰るから心配いらんよって、おばあちゃんにも言うといて…。」

  「…………」


   ランドセルをきちんと決まった場所に置き、宿題と、明日の時間割の準備まで終わらせるやいなや…               
   …お気に入りの服に着替えると…これまた、お気に入りの靴を履いて家を出た。

      西成区、花園町。  …実にディープな下町だ。

 人種のルツボであり、実はグルメな街でもあった。街にはいくつものお好み焼屋、ホルモン焼屋、寿司屋など同じ業種の店でも、お構いなしに乱立しているように観える。けれども、どのお店も、それぞれに常連客が付いて繁盛していた。また、それぞれが個性豊かで名物の逸品を用意していた。たとえば、お好み焼「芳月」のアイスクリームもその一つである。

 小料理屋【洋子】はそんな街中、萩之茶屋駅前通りに在った。駅前通りと云うこともあって、この辺りは飲食店だけでなく、パチンコ屋や雀荘、町医者などさらに業種豊富な一帯だ。夕子の父親、三郎も柔道4段の猛者ながら中々の二枚目だが、母親の洋子はまさに町一番の美人と評判の女将だった。


 「お母ちゃん、来たで~」

 「夕子、待ってたで。あら、その服……」

 「うん、お母ちゃんに買うてもろた、一番のお気に入りや。」

 「ほんなら、よそいきにせんかいな。」

 「お母ちゃんに見せたかってん。靴もやで。」

 「ふぅん、あんた靴はそればっかりやな、だいぶ傷んできたわ、もう一つ買っとかんとあかんね。」

 「まだまだ履けるで………えっ、お母ちゃん、買うてくれるん?」

 「もうすぐ誕生日やんか、プレゼント何にするか悩まんですむわ…今年は靴にする」

 「楽しみにしとくわ、それよりお母ちゃんおなかすいた。夕子ペコペコや。」

 「カウンターに並んでるもんは何でも好きなだけ食べてええよ。それから、メインは夕子の好きな鳥の釜めしや。」

 「やった~」「お母ちゃんの作るもんて、ほんま何食べてもおいしいけど、中でも釜めしは最高や。」「なぁ、帰ってきてほしいわ。お父ちゃんのこと嫌いになったんか、どこでどないなったんかは、よう判らんけど、お父ちゃんって困ったとこ在るけど、うちは大好きやねん… お母ちゃんも好きなはずやわ。」 「お父ちゃんの話するの厭そうちゃうし………。」                              「あのセイカンなんとかがやっぱりあかんのやろ…? 何となくわかるねん…うちも嫌いやから。」

 「…夕子、あんたよう喋るなぁ… はよ食べんと冷めてしまうがな。」

 「うん、ゴメン。」

 「今日はお昼が忙しかってなぁ、鳥の釜めし最後の一つ、夕子のために売り切れにして残しといたんよ。」

 「ほんまぁ! ありがと…でも、売上にしてくれても良かったのに…。」

 「あんたは、そんなこと気にせんでもええ。」 「…なぁ夕子、お父ちゃんには何んて言うてきたん?おばあちゃんは…?」

「お父ちゃんまた…仕事中やったから…」 「普通のお客さんやで…ほんで、おばあちゃんは………」

 「せやから、夕子はいらん気ぃ遣わんでええって……おばあちゃんは?仕事終わる時間やろ…?」

 「うん、製麺所の手伝いは3時までやけど、市場で買いもんして、お父ちゃんの仕事終わる5時頃まで帰ってけえへんねん。やっぱり居りづらいんやと思うわ。」「お父ちゃんのせいで、うちの家族バラバラになってしもうた。どうにかならんかなぁ。でもな、お父ちゃんはお父ちゃんで、仕事は一生懸命してるみたいやし、うち、お父ちゃんのことは大好きやねん……もちろんお母ちゃんもおばあちゃんのことも大好きやで。」

 「ほんま、気ぃ遣いやな、子供のくせに…。」 「夕子、あんたは学校から帰ってからどうしてるんや?気にならへんのか?」

 「うちは二階に上がってしまえば気にならへん。」                                                「なんか厭やけど…時たま訳の判らん声が聞こえるんや…それがなんか厭やなんや……………けど、うちは大丈夫や。」

 「…ほんまにぃ……うっ~~~…(バキッ…)サブのやつ……。」

 「…⁉はっ…!!……お母ちゃん……箸…大丈夫…?」

 「あぁ、ゴメン…お父ちゃんなぁ、今日みたいに夕子があたしのとこへ来た日はね、お店閉める頃にちょくちょく来るんよ。」

「ええっ、ほんまに?」

「うん、夕子とどんな話をしたんか気になるそうや。普段あんまり話が出来てへんからやろな? あくまでも仕事なんやって言うてなぁ…もうええわ、こんな話。」 「さぁ、もうすぐ暖簾出す時間や、食べてしまいなさい。」

「うん、今日は土曜日やから、いつもの公務員のおっちゃん軍団来るんやろ?あのおっちゃんら面白いから好きや。手伝うていくわ、ちょっと聞きたい事もあるねん、ええやろ。8時には家に帰るから。」

「しゃあないなぁ… まあ、あんたは邪魔になるどころか人気もあるしなぁ。 でも、来はるかどうかは判らんよ。」

「お客さんが無かったら、うち、横町のマージャン屋行って、お客さん集めてくるし。洗濯屋と果物屋のおっちゃんら必ずおるやろ… お父ちゃんもたまに居てるけどな。」

「あんた、そんなとこだけは、お父ちゃんに似たんかもねぇ… こんな商売やってる私より誰とでもすぐに友達になれる。」

 「うん、ここら辺でうちの知らん人はもぐりや。 でも、マージャン屋って夏になったら、暑いからみんなランニングシャツ一枚になるやろ。刺青してるおっちゃんばっかりで、ちょっと厭やねん… 刺青してへんのんお父ちゃんと果物屋のおっちゃんぐらいや、洗濯屋の茂さんは色は入ってへんけど線で花の絵描いてあるし…。」

 「あんた、今日はほんまによう喋るなぁ。せやけどこんな話、あちこちでしたらあかんよ。」

「判ってる。ちょっと前まではパチンコ屋もやったけど、クーラー入ったからパチンコ屋ではあんまり見いへん。 」         「マージャン屋もクーラー入れて欲しいわ。」

「クーラーって無茶苦茶高いんやで~~。」                                                     「お母ちゃんの店にも営業に来はったけど、とても手なんか出ぇへん。 それにこの店には大きすぎるわ。」

「そうか、パチンコ屋って儲かるんやなぁ。」


 「ママ、暖簾まだか~?」

「ほらほら、喋ってるうちに…… どうぞ、いらっしゃいませ。」

「おっちゃん軍団いらっしゃい。いま、噂しててん。…クシャミせえへんかった?」

「今日は、若女将の夕子ちゃんのご出勤日かいな…?」                                                 「クシャミはしてないけど、夕子ちゃんはほんまに営業向きやなぁ…ええ出迎えや。」

「ありがとう。 まずはビールやろ…人数分抜くで~。」

「よっしゃ~ビールは若女将……任せたで~」 「ママ、土手焼きも人数分や…おっ、あと何にする?……俺はこの南蛮漬け。」

 「はい、お待ち。最初の一杯はうちが御酌したるわ。」 「…それとも、お母ちゃんの方が良かった…?」

 「いやいや、若女将の方がええに決まってるやんか。」 「じゃ、今週もお疲れ様。 かんぱ~い…」 [おつかれ~~]

  「おっちゃんら、区役所の人やろ…?」

  「俺は郵便局… 目の前やねん。」

「ふ~ん。 …なぁ、【 ジュウサンゲンボリガワのウメタテ 】…って何のことか判る…?」

 「ああ、十三軒堀川の埋立ての事やな… 高速道路を作るんや。」                                          「もう、あちこちで始まってるんやで。」「それは、こっちのオジサンが詳しいで。」

「ほな、北村のおっちゃん教えて…?」 「宿題とは違うんやけど…先生に、判る人は調べてきなさいって言われてるねん。」

 「うん、この店の前の道を26号線渡って、鶴見橋商店街を西へずっと行った突き当りや。そこに在る川を埋め立てて高速道路を作るんやけど、東京オリンピックに新幹線を間に合わせたように、1970年に大阪で万国博覧会っていうのが開かれるんで、それまでに大阪に高速道路を完成させるという計画なんや」

「ふ~~ぅん……北村のおっちゃん有難う… まぁ、もう一本抜いて注がせてもらうわ。」

 「えっ…?……」

 「もちろん……タダやないで~!」

 「…せやろな…でも、なんか嬉しいわ。ほんま、末恐ろしい子やで。」

「ありがとう、おっちゃんらゆっくりしていってや。」 

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夕子、西成区花園町在住。 第4話          (居酒屋 「洋子」)

「ふう、夕子の聞いてた工事の関係もあってか、今日も忙しかったわぁ………そろそろ…サブちゃん入っておいでぇな。なに遠慮してんのや、あんたらし無いで。」

「……ん、…繁盛してるみたいやな。」

 「あんたも、一生懸命に仕事を頑張ってるって、…夕子がほめとったで。」

 「ほ、…ほんまか…?」

 「ホ…ン…マ…や。」  「とりあえず、ビール一本はあたしの奢りや。」

 「忙しいのはええけど、体、大事にせいよ。」 「疲れたら俺がいつでも指圧したるからな。」

   「どこの?…」

  「えっ…。」  「………………」

 「どこの……どんな指圧をしますねん。」

 「ど、どこっ…って……。」

「なぁ、サブちゃん。あんた夕子やお義母さんにまで気ぃ遣わせて、ええ加減にしいや!」

「なぁ、洋子、そんな包丁握りしめて言わんでも…」 「いつも言うてるように…ほんまに、ほんまに、あくまでも仕事なんや。」

「時々、訳の分らん言葉が聞こえてくるって夕子が言てたけど、どんどん成長する女の子にどう云うつもりや…ほんまに…」

「普通の指圧でもわめくような人もおるやないか……たまにやけど…中にはごっつう激しいのが居てるんや。」

   「やかましいわ!どあほ!」

 「うわっ!…ちがう…誤解や。洋子の考えてるような事は全く無いんや…そりゃ、これでも俺はもてるからなぁ、せがまれる事は在るけど、裸になるのは向こうだけで、俺はちゃんと服は着たままなんや。」

  「誰が信用するねん…そんな話。」 「どっちにしても、裸の女の人相手に……ああっ、ほんまに腹の立つ!」

 「いやいや、これはこれで、ほんまに大変ななんやで。気も遣うしな、かなりキツイ仕事なんや。」

「ほんなら、やめはったらどうですねん。」

「俺も、出来ることなら止めたいけど、今は2割近こうがこの客でなぁ…しかも、人助けも兼ねてると…俺は思ってるんや。」  

 「人助けの意味が判らんわ… 人でなしの間違いですやろ…。」

「おいっ、いくらなんでも人でなしは無いやろ…」 「ほとんど…いや、全員が飛田のお姉ちゃんでな…今、大阪で大きな工事現場が集中しとって、労働者のおっちゃんらが一般のサラリーマンや商売人より金を持ってる。」 「せやから飛田は大繁盛や。一日に何人も客を取らされてヘトヘトになるそうや。」 「けど…けどな、自分が感じることなんかあらへんし、出来へんやろ。休みの日や、昼間の空き時間に自分もほんまに感じてみたいんや。」 「それが、一人、二人と、あそこへ行ったら、それが味わえると口コミで広がってなぁ……こうなってしもたんや。」

 「なんや無理やりこじつけて…判ったような判らんような…とにかく自分の亭主がそんな事してて喜ぶ女が居てる訳ないやろ…そもそも……なんで、あんたや無いとあかんねん。」

「そりゃ、こう見えても、俺はけっこう二枚目で格好もええと評判みたいで…どうせやったらって、云う事やないかと……」

   「帰りっ!」

   「わっ…!」  「…は、はいっ!……。」

夕子、西成区花園町在住。 第5話        (お~い、夕子…)

「お~い、夕子~ 約束どおり来たったど~~。」

「こらっマサ、うちは別に…来て欲しい事なんかあらへん。」

「そんな事言わんとぉ…相変わらずやなぁ」

「はよ上がっといで…うちは忙しいんや、サッサと終わらせる…ちょつと待ちィ! …マサ、あんたここに来るまで何してたんや…まぁど~せビー玉かメンコやろ……ドロドロやないか。」 「米屋の横の井戸で足洗うて、ズボンは脱いでから上がっといで。」

  「ええっ~タコ…あっ、夕子のエッチ!」

   「お前、2回しばくで……。」

  「あ~怖っ… すぐに洗ってまいります~~~っと……」

「マサ、こんなんも判らんのかいな、ほんまに、しゃあない奴っちゃなぁ。」 「だいたいやな、あんたいつまであのお祖父ちゃんに作ってもろたと云う…【コマ付のおもちゃ箱】…引っ張って歩いてるつもりや。」

「あ…あれは、命の次……いや…3番目か4番目に大事な箱なんや。」                                     「幼稚園の頃から、となり町へ出張しては勝負に勝って集めた戦利品の数々で……。」

「何が戦利品や…… ビー玉とメンコやないか…。」

  「一番の自慢はベーゴマやで……。」

「ベーゴマもいっしょや。 マサが負けた時はいつも、うちが取り返してやったやないか。」 「オマケに、となり町への出張ってなんや。…あんた、小学校に行くまで、南海電車のガード超えた事無かったやないか。あほらしぃ。」                              「さぁ、さっさと終わらせるんや…マサみたいなアホに付き合うてられへん。……うちは忙しいんや。」

 「忙しい、忙しいって、何がそんなに忙しいんや?…俺ら小学生が忙しい時って云うのは…遊び疲れて帰ってきたのに、ご飯は出来てる、お腹はペコペコ…せやけど銭湯行ってくるまで食べたらあかんって言われた時ぐらいや。」

「こいつの話聞いてたら脳みそ腐りそうや……」                                                  「なぁ、マサ…… うちが幼稚園クビになって一人で退屈してる時、一番好きやった遊び覚えてるか…?」

 「…捕まえた猫、きんちゃく袋に入れて…頭出して来たとこで紐絞めて…手も足も出えへん上に…ビビりまくってる猫のヒゲをちょん切るって…悪魔でも思いつけへんような…あれのことやろ…?」

 「いちいち癇に障る言い方する奴っちゃなぁ……ええか、しょうもない事ばっかり言うてたらおんなじ目に合すで。」

  「俺にはまだ…髭は無いけど……お前、ほんまにやりそうやから怖いねん。」

    「うちは、やる…」  「はよ、しぃ!」

      「はいっ!」

夕子、西成区花園町在住。 第6話       (夕子とマサ、下校時)

  「いよいよ本格的に暑うなって来たなぁ…… なぁ、夕子聞いてるんか…?」

 「ああ、ゴメンちょつと考え事や…橘君のお誕生日会に誘われたんやけど……うち、あの子ちょつと苦手やねん。」

    「なんで…?」

 「なんでって、うまいこと言われへんけど何んか合えへんて言うか、ちょっと人種が違うみたいな……。」

 「俺は同じクラスになったこと無いから、よう判らんけど、医者の息子やからな、勉強もずば抜けて出来るらしいやん。」

 「せやねん。 考えようでは悪いとこ無いんや…性格もまぁ普通やし、運動も普通に出来る…マサとは全く違う生き物や。」

  「俺かて、タコがいてへんかったら、走っても何でも…勉強以外は一番やで。」

 「それも、ほんまや。 マサかて、アホ過ぎる以外は悪いとこ無い…しかし、それが決定的なマサのウィークポイントや。」           「…お前、今、タコ言うたやろ!」

  「聞き逃せへんなぁ、…で、なんやそれ? …ウィ~~~~…?…」

  「弱点って意味や。」

 「俺の弱点はアホ過ぎるとこてか? 認めた無いけどしゃあないな……夢は体操のオリンピック選手や。頭は要らん。」

 「一流選手は、どんなスポーツでも頭も悪ないってお父ちゃんが言うてた。 …要するに、どんくさい奴は、頭もどんくさいんやって…ひどい奴は顔 までボ~っとしてるらしいで。」

 「ほな、俺も頑張ったら勉強も出来るようになるかもしれん…と云うこっちゃな。」 「柔道4段のおっちゃんが言うんや、間違いない……。」

 「マサのええとこは、そのプラス思考やな。」 「ただ・・・とっくに自分の家通り過ぎてるやないか。…ハハハ…ほんまにアホな奴っちゃなぁ~」 「ほな…バイバイ~また明日な~」

 「…あ~っ……うん…バイバイ……また明日。」


 「あっ、お母ちゃん…帰ってきてくれたんか?今、お父ちゃん居てへんけど。」

 「知ってます。そこで、飲み友達と銀パレス入って行くの見ましてなぁ…せやから、しばらくは帰ってけえへんやろから、ちょっと夕子の顔を見てから行く事にしましてん。」

  「そうやったんか、やっぱり、お父ちゃんには逢いとうないんやなぁ……。」

  「そういう訳でも無いんやけど、何か気まずい気がして……。」

  「なぁ、お父ちゃんって、そもそも、なんで警察官辞めたん…?」

  「さぁ、なんでやろね。お母ちゃんにも判らへんの…あんなに制服似合うてたのに。」

     「そこに惚れたんやろ?」                                                                                
   「ほんまにカッコよかった…」                                                                「正義感のかたまりって感じで、イキイキしてはった。それやのに、ある日突然な、『警官辞めてきたから』…って…。」

    「ほんで、お母ちゃんは何んて言うたん?」

   「ん、なんにも…『ああ、そうですか?』…って…」

     「そんだけ…?」

     「はい、そんだけ…」

   「なんでか…気にならへんかったんか…?」

 「そんなん、どんな理由にせよ、この人が決めた事や、仕方ないですやろ…って思いましたんや…。」

 「うちも何となくお父ちゃんの制服姿は覚えてるねんで、特に、着てるとこより、ハンガーに掛かってるとこのイメージが残ってるんや。」

 「…まぁ、それから、柔道を活かせるように、指圧や鍼灸の勉強しはってなぁ、この通りですわ。」 「とにかく、夕子が元気そうで良かった…ぼちぼち帰りますわ。」 「今度は、いつお店に来る気やろか…?」

 「毎日でも行きたいんやけど、やっぱりのんびり出来る土曜日やわ。」

   「サラリーマンみたいな事言わんとき。」

 「なぁ、今度、マサ連れて行ってもええかなぁ…あいつ、お母ちゃんの料理食べたい、食べたいって、うるさいねん。」

   「いつでもええよ……ほんなら、次の土曜日…決まりやね。」

    「うん、判った。マサ喜ぶわ。」

 

夕子、西成区花園町在住。 第7話       (夕子とマサ、ごちそうさま)

 「ごちそうさまでした。 やっぱりおばちゃんの料理は最高や~。」

  「遠慮せんでええから、お腹一杯食べなさいよ。」

 「もう、あかん… これ以上は食べられません。」

「うちもや。 もう、お腹一杯や… マサと一緒やから、今日はこれで帰るわ。うちのファンのおっちゃんらに宜しく言うといて。」

 「うん、判った。今日は若女将からや言うて、一品付けとくわ。気ぃ付けて帰りや。」

「すぐそこやから、大丈夫や。 それから、いつも言うてるように、ここら辺で知らん人は居てへんし。」

 「おばちゃん、ほんまにありがとう。美味しかったです。ごちそうさま。」

 「夕子、ありがとうな。また、誘ってや。」 「せやお前、あした、橘って言う奴の誕生日会や言うとったなぁ…。」

 「そうやったんやけど、結局断ってん…。」

      「ふ~ん………。」

   「はよ帰って、お風呂行こ…マサは…?」

 「行くけど、俺はプロレス見てからや… 土曜日は10時まで起きててもええ事になってるねん。」

  「それこそ、ふ~ん、やな。」 「…うちではスパイ大作戦のある月曜日や……った…。」

   「そうか…おやすみ……。」 

 「…おやすみ。 うち、どないかして、お母ちゃんに戻ってきて欲しいねん… 橘君の誕生日会も…なんか、家の中…家庭の雰囲気が羨ましいだけかも知らんわ…」 「せっかく誘ってくれたのに、橘君に悪いことしてしもたわ…」

 「…なぁタコ、電信柱に付いてるデンキってこんなに明るかったか?…横の映画館のポスターまでハッキリ読めるで…ははっ、これだいぶ前のやっちゃ…。」 「…なっ、まぶしいぐらいやろ……顔洗うてから風呂に行くんやで。」

  「うん、あんた、ええ子や。今日はタコって言うたん許しといたる…おやすみ。」

夕子、西成区花園町在住。 第8話     (ただいま…お父ちゃん)

 「ただいま。お父ちゃん、今日は暇そうやな…」 「暇やったら暇で、玄関の掃除ぐらい…なんもかんもお婆ちゃんにまかせんと自分でやりぃや。」  「それに、なんでか青田整骨鍼灸院の看板傾いとったで…直しといたけど…」

「看板? ああ、たぶん夕べ、松喜寿司で盛り上がって酔っぱろうて帰ったからと思うわ。ゴメン、ゴメン。」 「せやけど、暇なことは無い。さっきまで、立て続けで大変やったんやで、さすがにちょっと疲れたわ。…言うとくけど、今日は普通のお客さんばっかりや。 弘田のおっちゃんとか…」

  「そんなん、いちいち言わんでもええ、匂いで判る。」

  「えっ、そうなんか?」

      「そうや。」

     「ほんまにか?」

 「ほんまや。 きのうなんか、特別えげつなかったわ…声もでかいし…」

   「…すまんなぁ……。」

 「いまさら気ぃ遣わんでもええよ。 そのかわりに、なぁ、久しぶりに新世界の串カツ食べに連れて行ってや…ガード下で売ってる5円の串カツは犬の肉やて言う話聞いてから食べる気せえへんねん。」

「根も葉もない噂…とは、決めつけられへんもんが在るわなぁ…」「まぁ、それは別の話として、よっしゃ、今度の休み、あさっての日曜日や…行こ。」

    「うん。…やった~~」

夕子、西成区花園町在住。 第9話    (夕子、新世界へ…前編)

 「ぎょうさんの人が居るけど、なんか前に来た時より、日曜日にしたら、空いてる気がするわ。」

「日曜、祭日は、日雇いのおっちゃんらが休みやから、あちこちで昼間から飲んでるはずなんやけど、この頃は工事が多すぎて間に合わんで、日曜日も祭日も無いらしいんや。」

     「飛田のお姉ちゃん情報か?」

「嫌味な言い方する奴っちゃなぁ…それも在るけど、お父ちゃんも元警察官や、いろんなとこから情報は入ってくる。」

   「ふ~ん。…で、今日はどの店に入るん?」

「うちのお得意さんの辻さんとこや。どうせやったら…なっ、そう思うやろ?」

 「当たり前の話や。…そう思えるんが、うちとお父ちゃんの似てる処やって、お母ちゃんが言うてた話な訳やな…。」   
 「お父ちゃんには何んの話か判らへんやろ…?」

「夕子が俺とおんなじで、誰とでもすぐに友達になれて営業向きや言う話やろ。」

 「へぇ、知ってるんや…」 「お父ちゃん、時々お母ちゃんの店に行ってるらしいなぁ。」

     「………」

「それこそ、なんで知ってるんやって感じやなぁ….。」 「お母ちゃんの方からは来えへんのに、お父ちゃんの方からは行くと云う事は…お父ちゃんはお母ちゃんの事が今でも好きやと云うことやんか。」 「せやのに、お母ちゃんが出ていく原因作ったんもお父ちゃんやねん。…やっぱり、ここが問題なんや……。」 

「夕子、ゴチャゴチャ言うてる間に着いたで、…はよう入り。」

  「なぁ、お父ちゃん…うちの話聞いてた…?」

「…うん…聞いてた…。」 「とりあえずは…さぁ、好きなもん、好きなだけ食べよか……。」

「おっと、いらっしゃい。 …娘さんといっしょかいな、ありがとさん。」

「いえいえ…こちらこそ、いつも有難うございます。」

「おいおい、あらたまってなんやねん。」 「お譲ちゃん、ワシも元警官やったんや…サブよりだいぶ先輩やけどな。」

    「えっ、…そうなんですか…?…」

 「まっ、昔の話や。 …さぁ、なににしはる?」

「サブちゃんはビールやな。 …お譲ちゃんにはバヤリースをおっちゃんが奢ったろ。」

 「あ、…はい、ありがとうございます。」 「…あの~辻のおっちゃんは、どうして警察官辞めたんですか?」

「色々在りすぎて忘れたわ…とにかく、ここら辺は…ほかの地域とは違うてな、ど~言うたらええんか…特別なところなんや…。」  「でも、ここが好きやから、警察辞めてもここで商売してるんや。」 「お父ちゃんかてそうやろ?」

   「…えっ…それは…はい。…判りました。」

「ふふっ、判らんでええ… もしかしたら、そのうち判るかもしれんけどな。」 「さっ、しっかり食べてや~。」

夕子、西成区花園町在住。 第10話    (夕子、新世界へ…後篇)

 「美味しかったわ~お父ちゃん有難う。」 「あっ、お父ちゃんカラーテレビや。」

「ん、どこ…どこや…?」 「ああ、電気屋さんか…売りもんやろうけど、どんな人が買うんやろなぁ…。」

 「まだ学校でもどこでも、カラーテレビを買うたって話は、まだ聞いたこと無いわ。」

 「そんなん、黙ってるだけで…判らんやろ…。」

 「いや、うちやったら絶対自慢する。 …黙ってると言うこと自体無理な話や。」

「確かに、俺もそう思う。」 「お婆ちゃんも無理や、うちの家族で黙ってられるんは洋子だけやな…なぁ、夕子、そう思わんか?」

 「…家族って……」 「…なぁ、家族に戻って……戻りたい……。」

「…ん、が、頑張る…」「せや、昔、3人でよう乗ったボートに乗らへんか?動物園もええな。…そうや、どっちも行こか。」

   「…お母ちゃんといっしょに行ける時まで置いとくわ。」

  「…せ、せやな…頑張る…」


  「夕子、ええなぁ、串カツ行ったんか。」 「美味しいもんなぁ…羨ましいなぁ…お前って、お母はんの「洋子」も在るし、美味しいもんばっかり食べてるんちゃうか?」

 「あほ!お婆ちゃんが製麺所でパートしてるの知ってるやろ。…うちの主食は基本、うどんか蕎麦や。」「それは、お母ちゃんが居てた頃から変わらへん。…家と店とは別なんや。」

 「…俺とこなんか、この辺では珍しい鉄工所勤めのサラリーマンやから…なんて言うんか…毎日の生活に変化が無いねん。」

 「そんな事を思てるんはマサだけや、変化が無い言う事は安定してる言う事やし…だいたい休みも、毎週決まって日曜日やろ…串カツかて連れて行ってもらえるやん。」 「それに…マサはしょっちゅう大阪球場へ野球の試合観に行ってるやんか。」

 「あれは南海ホークス子供の会に入ってたからで、外野席が実質タダで観られたんや。来年からは体操クラブに通わせてもらうんで、もう行ってへん。」 「なにより、この頃は鉄工所の仕事が忙し過ぎて、朝から夜遅うまで働いて、おとんもバテバテで休みの日は寝てばっかりや。」

 「ホークス子供の会も体操クラブも、考えたら贅沢な話やんか…そうや…ホークス子供の会はいっぺん練習観に行ったけど、みんな背番号19番ばっかりで、後ろから観てたら誰が誰か判らへんかったわ。」

   「この辺の子は、ほとんどが野村のファンやからそうなってしまうんや。」

 「世間では、巨人、大鵬、卵焼きって言うてるのに、南海の野村かいな…まぁ、うちのお父ちゃんの場合は…極端な阪神ファンで、巨人の事になるとボロカスに言いよるけど…… ふう、とにかく、今のうちにはど~でもええ話や……。」

夕子、西成区花園町在住。 第11話   (おい、青田と藤川…学校にて)

 「お~い、青田と藤川…お前ら二人、幼馴染と云うのは解ってるけど、昼休みまでいっしょに居るって…実は相思相愛なんとちゃうんか…?」 「うわっ‼……いきなり靴飛んでくるか~?」

 「おい、今、言うたんどっちや?…斎藤か、井上か…?」 「まぁ、声の感じで斎藤って判ってるけどな。」

     「マサ、ほっとき…。」

 「ええっ、ゆ、夕子っ、ど~してん。いつもやったら、俺より先に動いてるはずやん。…お前がそんな事言うたら、俺の靴の立場はどうなるねん。」 「こいつら避けよったから、もうちょっとであそこの水たまり…危ないとこまで行ってるやん。」

  「ほな、入って無いと云う事やろ…?早よ…ひろといで。」 「あんたらも、構わんとって。」

 「お前ら、今日の夕子は元気が無うて助かったなぁ。」 「いつもやったらボコボコやで…俺は…俺はまぁ、ええねんけど、あいつこんな話は一番嫌いよる。 …なぜか…相手が俺の時はなおさらや…俺は別に…い、痛っ‼ 」                          「お前、後ろ向いてる人間にそれは無いやろ。」

 「いつまでも、しょ~もない話してるからや。…さっさと自分の靴と、うちの靴ひろて帰っといで。」

   「俺の怒りは、お前ら2人に付けとくからな。 …はよ、どっか行け。」

 「ほい、…お前この靴、お気に入りのやつやないか、投げたりしてええんか…?」

 「たまにはマサも、ええつっ込み出来るやんか。…投げたりしたんはアカンけど、お母ちゃんが誕生日に靴買うてくれてん。」              「…せやから、そっちがよそいきで、この靴は学校にも履いてくるようになったんや。」

    「ふ~ん、…嬉しそうやな。」

  「めっちゃ嬉しいねん。」 (でも…投げたりして、ゴメンナサイ…)

   「…えっ、なんか言うた…?」

  「なんでもない。 …さぁ、5時間目は大好きな体育や。」

 「どっちにせよ、夕子の元気が戻ってよかったわ…なぁ、きのう、小遣いもろたから…帰り道…芳月のアイスクリーム買うて帰らへんか…。」

         「…マサのおごり……?」

   「ふつう、そのつもりや無かったら、言わへんやろ…。」

 「そんなん言われたら、マサの事ちょっと好きになるやんか。」

    『…‼…』 「…百点満点で言うたら……?」

         「2点。」

    「もともと、なん点やったんや………。」

お好み焼き屋【芳月】は、小学校を出て30m…ちょうど二人の帰り道にある……決してこれが…絶対にこれが…何があっても、寄り道になんかになるはずがないと…信じて疑わない夕子と昌幸……二人の幸せは…もはや…直前に迫っていた……。

      「おっちゃん、大きいの二つ。」

  「はいよ。藤川君のおごりみたいやな、いょっ、男前!」「いつもおおきに~。」

 「歩きながら食べたら怒られるから、マサんとこ寄って食べていってもええか…?」

  「噛みついたり、殴ったり………蹴ったり…あやまってるのにシバキ回したり…せえへん?」

   「いま、ここで答え出したろかっ‼」

  「一生…判らないままで…いいです……もうすぐ着きますので…。」

 「マサはそのまま、かぶりつくタイプやったなぁ、うちは、こうやって、もなかの皮をはがして…皮ですくいながら食べるんや。」

     「どないして食べても、味は変わらん。」

        「変わる!」

  「…変わるような気もする…けど、とにかく…芳月のアイスは最高や。」

 「うん…。」 (マサ、ありがとう。いつか、うちも、野口のお好み焼とセットでおごったるから。)
      
お好み焼き屋の【野口】と【芳月】…ごくごく近くで共存する2店舗…なぜか、お好み焼きは野口…アイスクリームは芳月と、なんら大した理由も無いままに…都市伝説ならぬ、夕子と昌幸…二人の、これまた信じて疑わない…掟としての決め事なのでありました……。

夕子、西成区花園町在住。 第12話    (お~い、開けてくれ~…)

    「おーい、開けてくれ~。」

     「……?……」

  「おーい、おれや~開けてくれ~~。」

 「お父ちゃん、どないしたん。…うわっ、お酒くさっ…いったい、いま何時なんや、えらい酔っぱろうて…はよ、入って。」                 「夜中の1時やんか……はい、水…。」

「ふ~。ありがとう、夕子…」 「そんなに酔うてる訳やない… ただ、鍵が、家の鍵がどこを探しても見つからんでなぁ…」

 「もう、しゃあないお父ちゃんやなぁ。 …鍵なんか無くしたら…どこの店で飲んでたんや…?」

   「…あほ、こんな時間からお前に行かせるわけにいくか。」

 「アホはお父ちゃんや、誰も今から行くなんか言うてへん。」                                          「寝たら忘れるやろ、記憶の在るうちに聞いとかんと…どこの、なんて言う店やのん?」

「…わかった。正直に言う。…明日は休みやから、まずはいつものメンバーと松喜寿司で飲んだんや。」

 「正直に言うって…松喜寿司やな、ほんで誰と飲んだんや?…果物屋のおっちゃんか?…ツジタのおっちゃんか?」

   「…わんっ…どっちもや。」

 「…わんっ…て、正解って意味のつもりか?…ほんで、それから…?……。」

「洗濯屋のシゲまで来よってなぁ、盛り上がってしもうて、旭町のバーへ行ったんや…ちょっと水…ほんならそこで昔から知り合いのヤクザが3人、 いや4人かな……またまた大盛り上がりや……。」

 「ヤクザって誰?…勝っちゃんのおっちゃんか?…なぁ、寝たらあかんて。」 「…あかん。限界や…。」                  「まぁ、あした…今の話したら、なにか思い出すやろ。」 「うちも寝とかんと…明日が日曜日でよかったわ。」


      「お父ちゃん。 …おとうちゃんって…。」

「まいった…俺の負けや。」 「聞こえてるから大きな声だけは出さんといてくれ…実はちょっと夕べ飲み過ぎたみたいで、二日酔いなんや…」

   「どこまで、覚えてて、どこから記憶が無いんや…?」  「家の鍵は…?」

  「…ん…???…家の鍵…?」                                                            「うっ…あっ、とっ…と…急に起きたら頭が…無い。…いや…頭はあるけど…鍵が無い…夕子なんで…?」

     「案の定やな…まぁ座り…松喜寿司は…?」

「ああ、覚えてる。果物屋と、ツジタと、…シゲが後から来よって…え~っと…」

     「いつも通りに盛り上がったんやろ…?」

      「うん、うん…そうや。」

       「それから…?」

     「…ん~~………?……」

 「やっぱり、この辺が限界みたいやな。…まぁ、これもいつもの通りや。」 「なぁ、いつも言うてるやろ。1軒目は…1軒だけ…やったら、記憶無くしてもどうにかなるんや…2軒目、3軒目になったら、限度を考えて飲まんとあかんって…」

    「わかってるって…。」

       「わかってへん‼」

 「…わかってない事に…今、気が付きました…。」

 「…ええか、松喜寿司で盛り上がって、旭町のバーへ行ったんや…そこで、昔から知り合いのヤクザ…3人か4人かと合うて、また大盛り上がりした…と、うちが聞いたんはここまでや。 …ここで、お父ちゃん力尽きて寝てしもうた。」

「面目ない…でも、ちょっとは思い出したわ。勝の親父さんらと合うたんや。…あと、剛が居ったような、気が……。」

 「やっぱり…」 「だいたい元警官がなんでヤクザの友達ぎょうさん居てるねん。」

「元警官やからかもしれへん。…警察関係で付き合い在るのは、あの串カツ屋の辻先輩ぐらいや。」                  「ヤクザの方が断然多い。…現役もOBもいてる。みんな仲のええ友達ばっかりや…夕子はそんなお父ちゃん嫌いか…?」

    「ぜんぜん厭とちゃう。…ちょっと不思議に思うただけや。」                                         「刺青さえ見せびらかせへんかったら、ほんまにええ人ばっかりや。…とくに、そんな人らのおばちゃんがええ人そろてる。」     「とにかく、これをヒントに鍵、探しといでや。…次は家に入れたらへんで。」

   「わかった、昼からな。心当たりは出来たし…もうちょっと寝る。」

   「あと、20分で12時…もう、りっぱな昼や!…起きっ!」

       「あっ、まくら…夕子、そんなっ、まくら~~……」

夕子、西成区花園町在住。 第13話      (夏休み、始まる…)

 「はい、それでは皆さん、夏休みの友・絵日記・自由研究など、きっちりと計画を立てて有意義な夏休みを過ごすように。」     「最近は車も増えてきましたね。左右を良く見て、大きな道路渡る時は、必ず横断歩道を渡りましょう。それでは、2学期にまた、皆さんの元気で真っ黒な顔と出会える事を楽しみにしています。」  「みなさん、さようなら。」

     「先生さようなら。 みなさん、さようなら。」


  「やった~、夏休みや~。」 「…夕子、なんか、そんな嬉しそうでもないなぁ。」

 「そんな事ない。うれしいわ…うれしいけど、色々と考える事もあるんや。…あんたみたいな子供には解らへん。」

      「自分かて子供やろ。」

 「あんたとは違う言うてるんや。」 「それからなぁマサ、始めからうちに頼らんと、自分で宿題頑張るんやで。」

「夕子に頼らな、誰に頼るねん。まだ夏休みも始まってへんのに、この夏の日差しよりクラクラするような事言わんといてや。」

    「時々思うんやけど…マサ、しょうもない事言う時ほど、文学的な言い方するなぁ。」

      「……?……?…」

     「もうええ、解ろうとせんとき。」                                                        「いつもは、ひらがなばっかりで喋るくせに、つまらん事言う時は漢字も入るって言うことや…」                       「それから…たしかに、夏休みは明日からやけど、うちはまず…今日中に夏休みの友は終わらせる。」

     「…ほ……ほんきで言うてるんか…?」

 「当たり前や、去年もそうやった。 1年の時は違うたけど…頑張ったら、3、4時間で終わらせられるんや。」

   「そしたら、絵日記と自由研究は…? 毎日コツコツやるつもりか?」

  「それこそ、当たり前やろ。」                                                             「夏休みの友さえ終わらせたら、後は、まじめにやったら、1日10分で済むんや…妥協も必要やけどな。」

    「毎年恒例…期間限定…夏休み最後の名物、地獄の3日間が無い言う事か…?」

    「誰に教えて貰うたんか知らんけど、それが以外と文学的に聞こえるんや。」

 「となりの堀川さんとこのお姉ちゃんとお兄ちゃんや、2人ともおんなじ事言うとった。」                           「けど、自由研究はど~するねん…テーマに困るんや。」                                            「小学生になってすぐ…いま言うた、となりの堀川のお姉ちゃんに、一番簡単や言うて教えてもろたアサガオにしたんやけど…去年もそうや、2年連続…3日で枯らしてしもうたんや…」

       「……3年目の今年、成功させたら…?」

 「夕子もそう思うか?…じ、実は俺もそうするつもりやったんや、3日で枯れるから、2日目までに水やったらええねん。」

  「……まぁ…せいぜい頑張って、2学期に何も生えて無い植木鉢を持って来るんはやめときや…。」

      「夕子は…なにするんや…?」

「あしたにでも草むら掘って、カナブンの幼虫でも見つけて育てるんや…それが見つからん時は、桃ヶ池のザリガニや。」

 「OH! グレイト!…ザリガニ採り行くんやったら、誘ってや…絶対、一人で行ったらあかんで。」

   「…わ…わかった。 ほな、あしたからラジオ体操誘いに来るから…バイバイ~」

      「ただいま~。あっ、お父ちゃん居ったん?お昼食べたんか?」

「夕子、ど~してん… 帰りが早すぎるけど、幼稚園の時みたいに学校、クビになったんとちゃうやろな…?」

   「あほ!違うわ!」  「今日は終業式で、あしたから夏休みや。」

「わかってる…お婆ちゃんが夕子の分まで昼ごはん用意してあるよってな。」

 「…ほんまにぃ、いつまでも昔の話せんといて…あれは、実はやなぁ…もうええ、お腹すいた…はよ、食べて今日中に夏休みの友、終わらせるんや。」

「おまえ、見事にお父ちゃんとお母ちゃんに似てるとこ分割出来てるなぁ。」

     「今の話は、お母ちゃんの方やねんな。」

「そうや。」 「お父ちゃんの場合は、夏休み最後の名物……」

       「地獄の3日間やろ……」

       「…ご…ご名答。」

夕子、西成区花園町在住。  第14話     (夏休み、真っ盛り…)

     「おはようございます。 藤川君居ますか?」

   「おはよう…夕子ちゃん毎日有難うね。」                                                    「昌幸一人やったら、こんだけ毎日は続いてへんわ…『昌幸、早よしなさい。』…今日はプールもやろ? それの用意忘れとったらしいわ…『ほらっ、人を待たせるんやないで!』…夕子ちゃんゴメンやで…。」

       「いえ…あっ…は、はい。」

         「行ってきま~す。」

 「もう半分以上、夏休みも終わってしもたなぁ…はやい、はや過ぎる。」                                 「なぁ、夕子も俺も、このままやったら、カイキンショウ云うやつらしいで。」                                   「ええもんちゃうけど、なんか賞品くれるらしいから頑張ろな。」

        「賞品なんか無うても頑張るわ。」

   「それは、俺もそうやけど、くれる言うんやから…もらえるモンはもろうとかんと。」

 「それより、マサ、今日は目標の25m認定の日やろ、あんた、泳げるようになったんか?」

 「心配いらん…ばっちりや。うちの学校、狭いから去年まで夏限定の特設プールやったやろ… それが、今年からちゃんとした25mプールが完成した…ようするに去年までは25mを泳ぎとうても泳ぎようが無かっただけで、俺はいつでも泳げてたはずなんや…なんにしても、初めてのプール授業でいきなり泳げたんは夕子、おまえぐらいやけどな。」

 「…うん…でも、マサは飲み込みがええから、伸び伸びと広いプールになって、グングン上達してるのは観てても判る…頑張りぃや。」


 「なっ、バッチリやったやろ~ けど、夕子はさすがや。 100m楽勝やったなぁ、まだまだいけそうやったで。」

     「うん…別にしんどい事も無かったわ。」                                                   「せやけど、うちの学校…ただでも狭かったのに、プール作って益々、狭まなったなぁ。 今日、あらためて思うたわ。」

  「50m走るんも、斜めに線引きするもんなぁ…。」                                             「なぁ、中学生になったら俺らも行くことになるけど、【今中】…今宮中学って知ってるか?」

      「当たり前やんか。」

   「ほな、中に入ったこと在る…?」

 「あっと…それは無いわ。 南海電車から見えるから見たことは在るけど…。」                                「そうや、確かに大きい学校やなぁ…マサは入ったこと在るんか?」

  「ないけど、運動場にこの弘治小学校、まるごと入ってしまうほど広いらしいで。」

 「え~っ、ほんまかいな。 でも、ひょっとしたらと思うくらいうちの学校は小さいような気がするなぁ…」                 「それより、この小学校はホンマに小さいけど、向かいのいづみや…また工事してるけど、一段と大きくなるんやてなぁ。」

  「もう、ちっこい呉服屋やった時とは大違いや。」                                                「なんでも、スーパー…なんとか…アカン、スーパーマンやったら、よう知ってるんやけど、へへっ…。」

「スーパーマーケットって言うんや… うちもあんまり解かってへんけど。」                                   「とにかく、しょっちゅう工事して、どんどん大きなっいくような気がするわ。」                                  「そのうち、学校より大きなるんと違うんかなぁ…… あっ、そしたら、またあした…バイバイッ~~。」

夕子、西成区花園町在住。 第15話      (ふ~っ、暑い暑い…)

      「ふ~っ、暑い暑い。」

  「なぁ、お父ちゃん…なんぼ暑いから云うて、一人で扇風機独占したらあかん。」                             「ごっつい体して、そんなにくっついてたら周りに風けえへんやんか。 …せめて首振ってんか。」

「へい、へい…しかし暑い! パチンコ屋行ったら涼しいんやけど、仕事中はそういう訳にもいかんし…たまらんなぁ。」

  「なに当たり前の事言うてるの、お客さんいつ来るか判らへんのに…。」

 「そこや、お客さんには来てほしいけど、来る時は重なって来よる。 指圧の仕事も夏にはキツイ仕事やで。」

   「ラジオでも聞いとき、お父ちゃんの好きな春日八郎の歌やってるで。」

「そんなん、言われんでも判ってる。 仕事中はラジオ付けっぱなしや…なんぼ好きとは云え、一日中、春日八郎か三橋道也ばっかりで…いくらなんでも…ちょっと飽きてきたんや。」

 「解かるわ~…けど、なんでやろなぁ、なんでも一旦流行ったらそればっかりになってしまいよる。 コロッケも3日続いたら飽きるし、町に出たらどこに行ってもチンドン屋は居てるし、空をみたらアドバルーンだらけや。」                        「そうや…映画館もあちこちにあるなぁ…うちの家からどっちに行っても5分か10分以内に映画館が出てきよる…お父ちゃんが立ち止まってポスター見る処は嫌いやけど……。」 「うち、映画は好きや…特に洋画が好きやねん…。」                「なんか夢がある……早いこと、好きな映画がテレビで見られる時代が来てほしいわ。」

  「あのぅ~~力説中すまんけどなぁ……いちいち立ち止まってまでは見てないやろ…?」

 「絶対に…立ち止まる。」 「うちが一緒の時と居らん時では、立ち止まってる時間が違うだけや。」

   「…お前、俺の後つけたりしてるんとちゃうやろなぁ。」

  「たまたまや。 それに、お父ちゃんでかいから目立つしな。」                                        「いつやったか、お母ちゃんと一緒の時にも立ち止まって…お母ちゃんに袖引っ張られて…歩き始めたんはええけど…そのあと、背中叩かれとったやんか。 声は聞こえへんかったけど、怒られたんやろ…。」

  「夕子、お前もまっしぐらに…そうなりそうやなぁ。 夕子の亭主はたいへんや。」

     「お父ちゃんの娘はもっとたいへんや!」

 「おっと…もうこんな時間や、今日はこれで店じまいやな。 ちょっとタバコ買うてくるわ。」

夕子、西成区花園町在住。 第16話      (マサ、地獄の3日間…)

 「は~~っ… ここまできたら、俺らのカイキンショウは間違いないけど…いよいよ地獄の3日間が始まりよる。」

   「このアホが…結局、夏休みの友やってへんかってんな? あれだけ言うたったのに…。」  
「でも、これも言うたはずやで…? 本気で頑張ったら3、4時間で終わるって…。 3日も地獄が続かんですむはずや。」

     「俺を誰やと思てるんや…そら、夏休みの友だけやったらな……」

 「やっぱりな…夏は植物だけと違うて…アホも育つんやな…」 「それにしても進歩の無いやっちゃなぁ。 ええか…毎日やったら、一日10分で済むのに、いっぺんにするとなると大変なんや。」 「とにかく、いまさら言うても遅いわ。 頑張るしかないやろ…あんたの実力からして、3日で済んだらええ方や。」 「けど、絵日記は毎日ラジオ体操とプールの事でもええ、嘘や無いんやから。 でも、肝心の自由研究はど~なったんや…アサガオは…今年も枯らしたんか…?」

   「今年は、毎日水やって、もし忘れても2日目には水やって、ちゃんと芽が出たんや。」

 「ほな、観察と記録を忘れたんやな。 簡単でええからメモしといたら…まとめるんは後でも出来るっ言うたったやろ。」       「人の言う事聞かへんから、こうなってしまうんや。」

 「ちがう、ちがうんや。 夕子の言うた通り、いつでもまとめられるように、日付書いた紙を日数分用意して…さぁ、記録しよと思うたら、…近所の猫がせっかく出た芽を食べてしまいよったんや。」

   「…なんで……なんで、猫って判るねん…? 見てたんやったら止めんかいな。」

    「それがな…芽が無くなった植木鉢に…代わりにウンチが乗ってたんや…。」                              「まさか犬とは違うやろ…? どこかに自分の専用便所にした猫がおるはずや。」

        「……そ…それで…?…」

 「別に、コヤシが利いた訳でも無いやろうけど、なんか他の草が生えてきよったんで、こいつをアサガオとして育てるしか無くなったんや。」

     「……うちの事はきにせんでええ…続けて…。」

 「順調に育ってきたんやけど、なんぼ待っても花が咲かへん。…なんの草なんか…もしかしたら、なんかの木なんやろか?」   「なぁ夕子、聞いてるか?…ここからはお前の助け無しではもう無理や。」

   「なぁ、力になれんで悪いけど……うち、ちょっと調子わるいみたいや、帰るわ……。」

 「ゆ、…夕子、そんな事言わんと。頼むわ、うちのお母んまで相手にしてくれへん。 あと3日しかないねんで、たのむわ~。」

      「…なぁマサ…いっぺんしか言わへんからよう聞いときや。」

        「うん、うん。 ありがとう、夕子。」

  「ええか…うちは、魔女でも魔法使いでもないから…雑草に花は咲かされへんのや! わかったか!」

   「…もうちょっと…はやい段階で止めてくれても…よかったのになぁ~なんて……」                             「せっかく芽が出た葉っぱ…大事にして……それでは…さようなら~お気をつけて…」

夕子、西成区花園町在住。 第17話      (もしもし、洋子です…)

     「はい、もしもし、【洋子】です。」

 「お母ちゃん、うちや。 夕子や、いまから行ってもええやろ?」

 「…えっ…??……それはええけど……電話って…もしもし、夕子……夕子……」

  「お母ちゃん、入るで~~びっくりしたやろ…? …家からやってんで。」

      「電話なんかいつの間に…?」

 「きのうからや。 びっくりさせよ思うて、黙っててん…うちにしたら、ごっつい我慢が必要やったわ。」

  「そうやったんか。 もう、なんにも言わんと…たしかに、びっくりさせられたわ。」

 「へへっ、成功…成功…。」 「お母ちゃんとこはお店やからずっと前から電話あったけど、家にはやっとやわ。」           「もうクラスでも半分以上の家に電話あるから欲しかってん。」 「お父ちゃんが仕事で使うんやて…特に、例のやつ。」        「あれは時間を決めて、予約制にするらしいわ…別にいっしょやと思えへん?…やめるんやったら話は別やけど…」

「お父ちゃんにはお父ちゃんの考えがあるんよ。 それから、いつも言うように、夕子はいらん事考えんでもええから。」           「なぁ、夕子…電話のほかには話はないんか?」

  「えっ、そんなん無いで。 これを黙っとくのに苦労したぐらいやのに……。」

       「そうですか………。」

    「お母ちゃんこそ、どうかしたんか…?」

「いえ、別に…まぁ、夕子には言うてもええかなぁ…」 「この頃、お父ちゃん…飲んで夜中に帰ってきたりする?」

 「そんなん、こないだも、家の鍵まで失くしてきて…せや、ちゃんと見つかったんやろか…?」

     「それ、いつの話…?」

 「え~っと、そうや、夏休み前やったから、一か月以上になるわ。それからは、あんまり覚えが無いなぁ…。」             「しばらく大人しぃしてるんや…ちょっとは懲りたんとちゃうか?」                                        「それとも、鍵が見つかって無いのやったら大変やで…二度と入れたれへんって言うたし……。」

      「その鍵やけど、ここにおますねん。」

   「ええ~~っ、ほんまに!…なんで~!」 「お母ちゃんが見つけたったとか…?」

 「ちゃんとお父ちゃんが自分で持ってきたんよ。」 「洋子、お前に預けとく。 …って。」

       「それこそ、…いつ?」

 「鍵を見つけたその足で…夕子のお陰ですぐに見つかったって言うてたよ。」

       「それから…なんて?」

   「あいつは、ほんまにしっかりしてる。 お前にそっくりや…って。」

「ちがう、うちの話やのうて…その、お父ちゃんの気持ちや。 どういうつもりで…帰ってきて欲しいって意味と違うのんか?」

 「どうやろか、鍵やったらお母ちゃんも持ってるし、今回はちょっとだけ違うんとちゃうやろか…。」

     「ほんなら、ほんまにお父ちゃん、よっぽど懲りたってって事?」

     「うん、それは勿論…でも、それだけでも無いと思うよ。」

  「うちや、おばあちゃんに迷惑かけんように気をつかって…?」

   「それは、まぁ…思いっきり在るんとちゃう?」                                                 「でも、とにかく家の鍵はお母ちゃんが持ってるから、夕子は心配せんと、しばらく知らん顔しといたって…なっ。」

  「うん。」 「…うん、判った。」                                                            「言われてみたら、しばらく飲みに行っても帰りがはやかったんは、そうやったんか…鍵はお母ちゃんがもってるし……。」

     「そう…そうですねん。」

  「うち、なんでやろ…」 「うちなんか、ごっつい嬉しい気持ちになってる。」                                 「この話、うちにはなんか…ものすごく嬉しい…ええ話やったわ。」

   「よかった、夕子に話して。」

 「うん、お母ちゃんありがとう。」 「電話が幸せ運んできたわ。 けど、鍵の事、黙っとくんは、うちには結構、つらい話やわ。」             (でも、お父ちゃん、ほんまにどう云うつもりで…)

   「夕子、どうする?ちょっと早いけど、晩ごはん食べていかへんか?」

 「う~ん、食べたい気はするけど、おばあちゃん用意してくれてるから。 今日は帰るわ。」

夕子、西成区花園町在住。 第18話        (2学期も…)

   「2学期始まったと思うたら、もう、運度会の練習やもんなぁ。」                                      「秋が厭とはちがうんやけど、俺、せっかく25m以上泳げるようになったのに、まだまだ夏のままでおって欲しかったわ。」

       「夏休みがやろ?」  
                           
 「夏休みなぁ、宿題さえ無かったら言うことないんやけど…自由研究がなぁ、ちょっと夏休み嫌いになったわ。」            「担任の先生ってなんで替わらへんのかなぁ、入学してから3年生までずっとおんなじ先生やろ。」                    「坂口先生、ボロカスに言うもんなぁ……。」

 「あのなぁ…よう聞きや…1年、2年と何にも生えて無い植木鉢持ってきてやで…3年生になったら、訳の解らん草を、『このアサガオ花が咲きませんでした。』って…言うて持ってきたら、うちでも怒るわ。」

「お前はいつも怒ってるやん。」 「…せやけど、先生が毎年替わってたら、ちょっとはマシやと思うやろ? 思わへんか?」

  「あんたらしい発想やわ…意味は解らんでもないけど、根本的な考え方と性格、変えた方がええで。」                「まぁ、マサのプラス思考で物おじせえへん性格は羨ましいぐらいやけどな。」

    「俺は…夕子に褒めてもらえるとこが在るだけでうれしいわ。」

 「あのなぁ、うちやったら、訳の判らん草の生えた植木鉢を学校に提出する勇気はないと云う意味や……。」             「まぁ、それもプラス思考かもな…」「うちが思うに…マサに出来て、うちに出来へんのは…たぶん、バク転だけや。」

     「よっしゃ~! 一つでもあったら十分や、ありがとう。」

       「そこっ!…その性格大事にしぃ‼」

       「わかった…まかせとかんかい!」

   「あちこちで言うたらアカン……ここだけの話にしときや…」


     「いらっしゃい。 夕子ちゃん来てたんか…?」

   「あっ、マサのおばちゃんこんにちは、おじゃましてます。」

 「子供はええなぁ、うちのお父さんなんか、土曜日まで、半ドンどころか夜まで仕事や。しまいに体壊してしまうで、ほんまに。」  「せや…夕子ちゃん、昼ごはんは食べてきたんやろ…?」                                            「新喜劇はもう終わるけど、テレビでも観ながらアイスクリーム食べへんか…?」

       「芳月の!……?」

   「二人同時やったね。 当たり前やんか。」

       「……☆…☆……」

  「食べてる間は静かやね。 夕子ちゃんもモナカのふた開けて食べるタイプやね。」

     「はい…おばちゃんも…?」

    「そう、必ず…絶対そうするわ。」

  「そうやんね、やっぱり…うん、美味しかった。 ご馳走さま、おばちゃん有難う。」

 「い~え、ゆっくりしていってね。」 「それから、花一つ育てられへん子やけど…これからも面倒みたってや。」

       「……………」

   「お前、なんでもハッキリ受け答えするくせに、いま、返事に詰まっとったやろ…。」

 「さすがに、『はい。』…とは………。」                                                          「だいたい、うちらの住んでるとこ花園町やで、周りみても、梅、松、橘、うちの住所も西萩町や。」                     「花や植物の名前ばっかりやのに…花ぐらいちゃんと育てんかいな。」

      「それはあんまり関係ないんとちゃうか…?……。」

       「…せやな、…うちも言いながらそう思うた。」

夕子、西成区花園町在住。 第19・20話       (おっ、若女将…)

      「まいど。 おっ、若女将。」

   「あっ、公務員軍団いらっしゃい。」

 「若女将の夕子ちゃんから…その公務員軍団って言われるの、厭やないんやけど、家も近所で名前も知ってるんやから、たまには森川のおっちゃんとか呼んで欲しいわ…。」

  「そんなことしたら、山本さんや、北村のおっちゃんも…みんな一人ずつに挨拶せんとあかんやんか。」               「けど、考えとくわ。 うちかて、タコって呼ばれるのは厭やねんから…。」

 「なぁ、北さんや山ちゃんはええけど、藤島って飛ばされた俺は…ごっつい悲しい思いしてるんやけど。」

  「ゴメン!忘れてた訳やないんやで、ゴロの問題でそうなってしもうただけで…ほんまやで。」                       「気ぃ悪うせんといて、郵便局の藤島さん…まぁ、ビールどうぞ…。」

   「おっとっと。  ふ~っ…なんや、仕事まで覚えてくれてたんか?」

「こう云うことは商売人やったら…いっぺん聞いたら忘れへんもんや。」                                   「特に、おっちゃんの場合、勤めが区役所前の郵便局…せやのに鶴見橋商店街の自宅も郵便局なんやから、ちょっと印象的やってん。」 「…はい、みんなもどうぞ。 …一杯目だけやで。」

 「ほんまや、まぁ、珍しいかもなぁ。 …しかし、夕子ちゃん、若女将はしっかりしるなぁ~いつもながらに、びっくりや。」              「ママ~~土手焼き人数分やで~」

       「解ってますがな…はい。」

  「これやこれっ…これで一杯が飲みとうて来てしまうんや。」

 「なぁ、おっちゃんらは、仕事はまぁ言うたら、一つ隣の駅やんか?」                                      「家が近所で来てくれるんは解るんやけど…土曜日やのにこの時間まで…公務員は半ドンとはちがうの?」

 「いや、昼までや。 でも、なんて言うんか、書類尽くめで、整理が大変でなぁ。」                               「とは云え…することは一緒やから、土曜日や云うても昼までには終わらへん。」                               「…気がつたらいつもの時間になってしもうてるんや。」

      「ふーん、そうか、大変なんやなぁ…。」

 「でも、帰ろうと思うたら帰れるんやで。 特に若いうちは仕事もそんなに溜まらへんし、山ちゃんなんかは、正直言うて、ここに来るために残業してるようなもんや。 …どやっ、図星やろ?」

 「えっ、森川さんそれはひどいですわ。」 「たしかに、自分の仕事はたいして在りませんけど、僕は、小さい頃から可愛がってくれた、森川さんや先輩らと、こうやって飲むのがほんまに楽しいから、ちょっとでも早く終わるように仕事手伝うてますねんで…おかげで仕事も覚えられるし。」

 「そないムキにならんでもええ、冗談や。でも、初めて連れて来たった時に、ママに一目惚れしたしたんは事実やろ? ママの顔見て、ポカーンとしとったんが何よりの証拠や。」

 「まぁ森川さん、それはワシらも似たようなもんや。 あんなカッコ良うて二枚目の旦那さんが居てたら手も足も出えへんだけで、ママの笑顔とこの土手焼きが目当てなんやから。」

 「もう、北さんまで…若いもんと私まで一緒にからかわんといて。」                                      「それに、山本さんかて、うち見たいなオバサン、いらんわ…なぁ?」

    「いえ、ママはほんまに綺麗で…でも、せやから言うて…。」

 「分かってます…山本さんには自分の年に合うた、ええ人が…そのうちきっと見つかりますよってに…。」

 「若女将かて、あと10年ほど経ったらビックリするような超べっぴん…間違いなしやで……。」                     「ママ、ビールと土手焼き、おかわりや…こいつ、若いもんの中では断トツや。仕事も出来るし、人としてもええもん持ってる。」  「子供会の世話役やっとって、よう、歩こう会とか連れて行ったもんや。」                                   「せやから言うてるんや無いで…無いんやけど、なんや可愛いてなぁ…ワシ、子供に恵まれへんかったしなぁ。」

   「もう、最後にはしんみりした話になってしもうて。」                                              「うちと藤島のおっやん、蚊帳の外やんか…うちが飲めたら付き合うたるんやけど。」

 「若女将のその言葉だけで十分や…おんなじ公務員でも俺だけ郵便局やし…。」                              「こうやって酌までしてくれて…若女将は俺が独占させてもろてますよってに、そっちはそっちで好き勝手にやって頂だい…俺の場合、子供は出来たけど、今は相手もしてくれへん…。」

   「もう、あちこちでしんみりせんと、みんなで楽しい飲んでえなぁ…うち、もうすぐ帰る時間やで。」

   「若女将から小学生の夕子ちゃんに戻るんか? 宿題やって、風呂入ってお休みやな。」

「うち、宿題とか、やらんとあかん事は絶対、さきに片づけるねん。 後はおっちゃんの言うとおり、風呂行って寝るだけや。」    「そうや!……おっちゃんらはどうなん? 悲しいならへんの…?」

         「……?……」

        「…?…?…?…」

 「あしたの日曜日、祭日と重なってしもうて、休み1日損したやんか。 連休の時はごっつい嬉しいけど…ちょっと悲しいねん。」

  「ものすご~く、気持ちは伝わってきたわ…でも、こればっかりはなぁ……。」                               「夕子ちゃん、学校嫌いか?勉強は良う出来るって聞いてるで。」

  「うち、学校はすきや。勉強も楽しいとは思わんけど嫌いやない。 けど、それとこれとは別の話なんや。」

 「うん、うん。若い俺には、夕子ちゃんの気持ち良く理解できるで。 俺も子供の頃はよう思うたもんや。」                「…いや、今でもや。 明日の事も、そう言われてみたら悲しいわ… 戦前生まれのオジサン達とは感覚が違う。」

     「おいおい…山ちゃんかて戦前生まれやないか。」

「僕は生れは戦前…戦中ですわ…せやから記憶は戦後しか無い年代や。 夕子ちゃんとそう云うとこは一緒なんですわ。」

  「お前、若女将に点数稼いで、ママから鞍がえするつもりとちゃうやろな…10年後を見込んで。」

      「そんなぁ…北村さん…俺…そんな事しませんよ…。」 

   「ほんなら…全員、ママ一筋で団結や……邪魔なんは、結局サブと言うことか……。」

 「もう…その辺にしといて頂戴なぁ……こんだけ言われたら嘘でも嬉しい…あまり物やけど、これはサービス……」

      「作戦成功や……ママ、ご馳走になるわ…おおきに…。」

 「なぁ…おっちゃんら、ほんまの女将のお母ちゃんにはママって呼ぶのに……なんでうちは若女将やのん…?」

      「えっ……」     「そ…それは……」

      「なぁ……」     「…なんて言うか………」

夕子、西成区花園町在住。 第21話        (カレーライス 前編)

       「夕子、出かけるんか…?」

  「うん、お母ちゃんに髪の毛切ってもうんねん。 きのうから約束してるんや。」

    「お前、その頭で…どこを切るつもりなんや。」

  「よう言うわ。もう、伸びてきて、気になってしょう無いねやんか。」

「俺も、夕子の短い髪の毛、よう似合うてるし好きやけど、どんどん短かなっていって、そろそろ限界やで、そうやのうても…」

    「そうやのうても…?…って…なに?!」

 「い…いやっ、夕子はどないしても、可愛いべっぴんやけど、ちょっと…その…なっ。」                           「もうええ、お父ちゃんの言いたい事は判ってる。 うちかて女や、大人になる時までには女らしなってる…はずや、たぶん。」

    「なぁ、お母ちゃん、今度一回、カレー食べさせて?」

 「あん、動いたらあかんやんか…カレーですか? 前から言うてるわねぇ…カレーってお店では使わへんからなぁ。」

     「ほんなら、オムライスでもええけど…?」

     「オムライスなぁ…釜めし飽きたんか?」

 「釜めしは永久欠番や。 けど、たまにはお母ちゃんのカレー食べたくなるんや…百歩譲ってオムライスやねん。」

  「…解かりました。 百歩譲らんでよろしい。 今日、これから買いもんして、家へ帰って作ったげる。」                 「夕子は先に帰ってお父ちゃんとお婆ちゃんに…『今晩のメニュー決まったで。』…って言うといて。」

      「うん、わかった。 ……けど、ほんまに…?」

「これ、振り向かんと、動いたらあかんて…もうちょっとなんやから…そんなにびっくりせんでもほんまですよってに、約束します。」  「…はい、終わったで。 よう払っといたけど、今から晩ご飯までにお風呂行っとくんやで。」

      「うん、お婆ちゃんも誘うて行っとくから。」    

  「切っといてから言うのもなんやけど…夕子、ちょっと短か過ぎるんと違うんか…?」                          「よう似合うてるし、お母ちゃんは好きやけど……。」

  「もう、お母ちゃんまで…似合ってるんやったらええやんか。 お父ちゃんもおんなし事言うんや。」                   「…なぁ、女の色気ってどう云うことなん?」

    「えっ、急に何言うの。 御免やで、気に障ったんか…?」

  「ちがう。 髪型とは別の話や。 まぁ、ちょっと引き金にはなったけど。」

 「急に言われても困るやんか、一言では言われんへんわ。」                                          「それにお母ちゃんかて解かってるのか、解かって無いのか…それも解からへん…… 夕子はなんか思う事あるのんか?」

「夏休みのプールで思うたんや。 授業では同じクラスの子としか泳がへんけど、夏休みは学年なんか関係無しやったから…」  「…5年や6年のお姉ちゃんて、全員とは違うで…数は少ないんやけど、すごいボインな人とか居てるねん。」             「ほんでな、同級生の子も夕子のように洗濯板みたいな子ばっかりや無い事に気がついたんや。」

       「それで…?」

 「べつに、羨ましい分けでも、なりたい分けでも無いんやけど…重たそうやし、邪魔にもなりそうやし……なにより走ったら揺れるやんか…男子みたいには騒げへんけど、うちも女やのに、ちょっと目がいって…『うわっ』…って思うてしまうねん。」

  「夕子ぐらいの年の子やったら、男の子が騒ぐんも、あんたが 『うわっ』 って思うんも当たり前と違うんかなぁ。」

   「お父ちゃんが立ち止まって見るポスターの女の人かて、みんな大きな人ばっかりやしなぁ…」

 「お父ちゃんは特別…いや、男は死ぬまで騒ぎよるんや。」 「お父ちゃんの話は置いとき!ややこしなる。」

   「……うん、わかった。」   後篇へ続く・・・

夕子、西成区花園町在住。 第22話         (カレーライス後篇)

 「カレーの件は約束したから、もう取り消されへんで。 それにしても、久しぶりに…ちょっと怖いお母ちゃんを見たわ。」        「今頃、お父ちゃん…クシャミしてるんとちゃうか…?」

 「ハッ…クション!」 「う~、夕子の奴…髪の毛切り終わったら、しょうも無い事しゃべっとらんと、さっさと帰ってこんかい。」

  「なぁ、うちもいつかはあんな胸になるんやろか? 気持ち悪いほどはいらんけど。」

       「…無理やろね。」

     「え~っ…なんで~?」

  「なんやかんや言うても夕子も女の子や…。」                                                 「実は、なりたいんやろ?… けど、ほんまに期待したらあかん、お母ちゃんも洗濯板や…。」

 「えっ、お母ちゃん、うちみたいにガリガリとちゃうやん。 いつもは着物やからあんまり判らへんけど…。」

  「女の人はなぁ…大人になったら、付いて欲しいとこだけや無うて、いろんな処にお肉が付きますのんや……」           「もう、いらん事言わす子やわぁホンマ…よそで言うたらシバク…怒りますわよ。 …さぁ、はよ帰り。」

     「うち、いろんなとこでお母ちゃんに似てるんが判ってきたわ。」

 「お邪魔します。 鍵が開いてたから、そうかなぁ…とは思いましたけど…サブちゃんは銭湯行かへんかったんか?」

 「寝る前に行くわ…夕子から聞いて待ってたんや。 どう云う風の吹きまわしかは知らんけど、有難う…嬉しいわ。」         「夕子の奴、盆と正月…一緒に来たぐらい嬉しそうやった。」

 「べつに、どっちからか風が吹いてきた訳でもありませんけど……ふ~ん…ここで、飛田のお姉ちゃんとなぁ…」

     「おい、そんな事を言うために……」

「なぁサブちゃん…出ていくんは私の方から出ていきましたけど…うちは離婚した覚えなんか全く在りませんのやで。」

  「何を言うんや、当たり前やないか。 俺もお前とは絶対別れとう無い…ほんまや。」                         「お前も知ってるはずやろ、なにをいまさら…」

  「あんたが、あくまでも仕事なんやと言うのなら、そうなんやろと思てます…お客さんは何人も居てはりますやろ。」        「けどもや…コトミ…琴美さん…ですか? …この人とは男と女の仲ですやろ、違いますのんか…?」

 「違う! 洋子お前、…琴美のこと…違うで、どこの誰に何を聞いてきたんかは知らんけど、違う。 誤解したらあかん。」

「聞きましたんや。 近頃、何度か来てくれはるお客さんですけど…あんた、コトミさんって人の旦那さんらしいですやんか?」             「もちろん籍は入ってませんやろうけど…」

       「………違うんや。」

 「すぐには否定出来へんみたいやね。」 「私がお店で聞いた事を…そのまま話しただけの事です…。」

    「洋子、お前どこまで…そのお客さんて…?」

  「まぁ言い訳、ゆっくり考えなはれ。 今はこのくらいにしときましょ…夕子ら、もう帰ってきますやろ。」

  「いや違う、ほんまに誤解なんや。 事の初めから話すよってに…。」                                     「それに夕子のやつ…こう云う時は気ぃ遣うてゆっくり帰って来るはず…せや…あいつは、そう云うやっちゃねん。」


    「ただいま~~お母ちゃん来てる?」

        「うそっ!…」

     「思いっきり…期待は裏切られたみたいやね。」

   「いつも以上に早いやんか。 今日こそ…今日だけは…期待を裏切ったらあかんやろ~」 

 「今日やからや…お父ちゃんの事も、頭の…隅の隅をかすめたけど…お母ちゃんが来てると思たら…必然の結果や!」

   「……さっ、…カレーの支度しますわ。 夕子も手伝うてくれるやろ…?」

      「な~んでも手伝うし。」

    「あたしは、何したらええやろか…?」

「お義母さんはゆっくりしてて下さい。 たくさん作るからね、明日にはもっと美味しく成ってるはずやから期待しといたらええ…」            「さぁ夕子! 気合い入れていくで~」

 

夕子、西成区花園町在住。 第23話         (カレーライス 追記)

    「夕子、お前また散髪したんか? もうちょっで…俺のスポーツ刈りと変わらんやんか…。」

     「マサ、そこまでにしとき。 みんなから言われて…さすがにうんざりしてるねん。」

 「俺は、夕子のその頭、似合うてると思う……。」                                                「けっして喧嘩した時、髪の毛を掴まれて不利にならんようにとは思うてへん…痛っ!」                           「怒る事は予想しとったけど、こんだけ早いとは想定外やった…分かった。 ゴメンこの辺にしとく………」                「とにかく、俺もそうやけど…短いだけに、ちょっと伸びたら気になるからなぁ…。」                             「お前、お母ちゃんにしてもらえるから幸せやで。 しょっちゅう出来て…上手なうえに…タダなんやろ…?」

  「当たり前や。 お母ちゃん高校出たらすぐ髪結いの勉強して、若いころはパーマ屋さんで働いてたんや。」

    「夕子のおばちゃんって、なにやってもプロみたいやなぁ。」                                        「俺のお母んなんか、得意なんは、やたら『奥さん、奥さん…』 って、しょ~もないドラマ観ながら昼寝するぐらいの事や…。」

    「おばちゃんの替わりにシバイて欲しいか…?」

   「とりあえず、いまの話…母には内緒にしといて頂けますか。」

       「アホ!」

夕子、西成区花園町在住。 第24・25話      (髪結いの仕事…)

  「なぁ、髪結いの仕事しとったお母ちゃんが、なんで、この店やることになったん?…聞いてもええ…?」

 「…いつか、夕子が聞いてくるとは思うてました。 それに、話が解かるようになったら、教えるつもりでしたから…」         「実は、お父ちゃんが…いややわぁ…ちょっと待ってや…」 「私ね、幼馴染に同じ洋子って、字まで一緒の友達が居ててなぁ、名前も一緒で気も合うて…その洋子ちゃんのお家が小料理屋【洋子】をやってたんよ…昭和の初めから…娘の名前を付けたんやね。」 「私は髪結いの道へ進んだけど、洋子ちゃんは両親のお店えを手伝うようになって…この辺は空襲で焼け残ったから、戦後すぐに人が集まって来てなぁ…どんな商売も繁盛したもんですわ。 まぁ、今でもそうですけど……。」

     「お母ちゃん、なんか考え事しながらって感じやけど……。」

 「解かりますか? 長い話になりそうですけど…まぁ、もうちょっと付き合うて…髪結いの仕事しながらお母ちゃんもお店を…【洋子】を手伝うようになりましたんよ。 二人の洋子が評判で、結構な人気でしたんやで…」 「ほんで…実はなぁ、実はこれも幼馴染なんですけど…幼馴染に男前のお兄ちゃんがいててなぁ。 この人が大人になって、警察官になりましたんや。」

      「それ、…お父ちゃんや‼」

  「そうです。 もともと二前目やった人が制服着て…カッコ良かってん。 …とにかくカッコ良かった~」                 「青田三郎、この人がよく出入りしてたんが…」

     「このお店…【洋子】や~。」

  「それも当たりやけど、慌てなさんな。」                                                        「…それでおじさん、おばさんに頼み込んで、サブちゃん目当てに…ちょっと強引にお店を手伝わしてもらいましてん。」

   「お母ちゃん、積極的やわ~ うち、ここは…お母ちゃんに似てる自信ないわ。」

 「なんで、そんな事が出来たんか、お母ちゃんにも分かりませんわ……。」 「そのうち洋子ちゃんのお父さんが倒れてしまいはったんや…障害が残ってしもてなぁ…おばさんもお店どころか、おじさんの面倒を観んといかんようになってしもうたんよ。」 「ほんまに繁盛してて…忙しかったから、お母あちゃん、思い切って髪結いの仕事やめて、ふたりの洋子に専念することにしましてん。」 「そのかわり昼どきも営業する事にしたのんも、この時からなんですわ。」

   「へぇ~そうやったんか…」 「でも、そのもう一人の洋子さんは…?」                                   「今はお母ちゃん一人やんか。 今の話聞いてたら……お母ちゃん一人で大変なんやろなぁ。 昼も夜もで……。」

  「大変と云えば大変ですけど、一人になってから、店じまいの時間を早うしましてん。」                          「そうしたら、逆に昼に営業してる事が幸いして…準備を含めて効率良くなりましてなぁ…。」

  「ふ~ん。 …で、二人が一人になったんは…?」 
 
 「それがね…洋子ちゃんに人も羨むような縁談が持ち上がりましてなぁ。 大学出の、貿易関係の仕事してはる人でした。」    「戦前からある大きな会社で…戦後さらに大成長してたようでしたわ。 そんな人に 洋子ちゃんがみそめられて……」

    「ミソメラレテ……って?」

 「気に入られるって事ですわ。 …まぁ、好きになったんやね。 それで在る人を介して縁談を申し込んで来ましてん。」       「これには、おじさんもおばさんんも…親戚中でも大喜びでしたわ。」 「でも、お母ちゃんには、洋子ちゃんだけがなんか暗い顔してるように思えて…『ええ話やないの、お店のことなんか心配せんと…おめでとう。』…って言いいましたんや。」             「実のところ、お母ちゃんの感は当たってたんやけど…洋子ちゃんの心配は、お店の事だけとは…いえ、お店より大事な事がありましたんや…。」

      「……それで…?」

  「お母ちゃんも、全く知りませんでした……。」                                                  「ほんまに知らんかった…洋子ちゃん、好きな人が…将来を約束してた人が居てたんですわ。」                     「手紙には丁度、打ち明けようと思ってたところやったと書いてましたけど…みんなが縁談話に盛り上がってしもうて…打ち明ける事も、縁談を断る事も出来んようになってしもうたんやろね。」

     「手紙って…洋子さんの…?」

  「ある日突然でした……。」                                                              「日付は忘れましたけど、次の日に結納やって云う日でしたわ……その手紙残して、駆け落ちしましたんや。」

 「うわ~っ、お母ちゃんも、積極的やと思うたけど、もうひとりの洋子さん…勇気と根性のある人やったんやね。」

  「勇気と根性なぁ…あんた、駆け落ちの意味は…まぁ理解は出来てるようやけど…。」                          「勇気や根性なんて事よりも、洋子ちゃん自身…ものすごく辛い思いしたんやと思いますよ。」

   「それで、お母ちゃんが……けど、洋子さんのおじさんとおばさんは…?」

 「それが一番辛かったはずや思います。 体の不自由なおじさんと、手足になって面倒みてるおばさん残して…それでも好きな人と…いや、自分に嘘をついてまで、好きでも無い人と一緒になる事なんて出来んかったのかも知れんね。」

     「うちかて、そんなん絶対いやや…。」

 「うん、そうやね。 でも、周りは、そら大騒ぎになりましてなぁ…おじさんもおばさんも、あちこちに頭下げて…謝れるだけ謝って、逃げるように田舎へ帰って行きはったんよ。 居てたくても居てることが出来なかったんやろね。」                    「お店は、私が続けられるのなら続けてって言うて、ちゃんと手続きして譲ってもらいましたんや。」

 「ふ~ん、よう分かったわ。 せやけど、おじさんとおばさんには気の毒やと思うけど、なんて言うか、うちには悪い話には聞こえへんかった。」 「夕子、間違うてるやろか?……それに、…それで、その洋子さんは幸せになれたんやろ…・?」

 「もちろんや。 夕子の言う事も間違うて無いと思います。 しばらくは、居所も判らんって騒いでましたけど、お母ちゃんには手紙をくれました。」 「いまでも、やり取りは続いてるんやで。 家庭を持って、子供も出来て…ほんまに幸せに暮らしてるそうです。」「いまでは、おじさんとおばさんにも連絡が付いて、孫の顔も見てもらえたそうですわ。」

     「…そう…良かったやん!」

   「ほんまに…ほんまに、良かったです…。」                                                   「お母ちゃんなぁ、この話…おじさんとおばさんの事を聞いたときには、心から運命に感謝して、ホッとしたもんですわ。」

  「あっ、これで、お店もお父ちゃんもお母ちゃんのもんに成った分けや。」                                  「そら、自分だけ幸せやったら気まずいもん。 …運命に感謝して、ホッとするの解かるわ~~。」

  「ちょ…ちょっと……その言い方はやめて欲しいわ……結果は夕子の言う通りですけど…。」


夕子、西成区花園町在住。 第26話          (運動会前日…)

   「さぁ運動会…あしただけは、秋を感じる突き抜けるような青空を背景に俺たちが主役や。」                    「なぁ夕子…体の中から湧き立つものを感じるやろ?」

  「マサ、あんたの文学的表現も磨きが掛かって来たみたいやけど、うちまで一緒にせんといてくれるか。」             「うちにとっては、明日だけが全てでも無いし…特に湧き立ってくるもんも在らへん。」

     「本気出せへんつもりか…?」

   「アホ!そんな事せえへん。 うちはベストは尽くす。」                                             「 マサみたいに、運動会のために一年を過ごしてる分けや無いと言うてるんや。」

  「そんなん俺もやで、何と言うても一番は正月や。 次はやっぱり…宿題、自由研究がなぁ……」                   「せやから…2番目は運動会や…その次が、夏休み……なぁ、最後まで聞いてぇや。」

     「…とにかく、リレーとか、ぶつかる競技は覚悟しとき。」

 「それや!…いやぁ~~そのことやけどなぁ…俺の極秘調査では、今年は夕子とぶつかる競技は無い事が判明してる。」     「それは同時に、俺は出るモンすべてで一位になれると云う事や。」 「その事実が何を意味するか…もはや自動的に、あの怪獣映画も俺のモンや…後は晴れてくれるのを祈るだけよ…フフっ…天気予報を信用すると…快晴や…アカン、笑いを我慢する方が大変や…。」

「しょうもないドラマを観たんか、悪いもん食べたんかは知らんけど…【サンダ対ガイラ】やな、そんな約束までしてるんか…?」    「だいたい、雨が降っても運動会は無くなれへん。」

   「日曜日にする事に意味があるんや…。」                                                   「月曜になったら、俺のとこはサラリーマンやから、観客がいてへん。噂だけでは信憑性に欠けるやないか。」

    「…そろそろ帰るわ。」 「電話して、お母ちゃんとこ行こ。」

      「俺も連れて……」

      「 行かれへん‼ 」

   「…またのお誘いをお待ちしてます。」

夕子、西成区花園町在住。 第27話          (運動会 前夜-1)

  「お母ちゃん、うちが来るのはほとんど土曜日やけど…他の日はどんな感じなん…?」 「まぁ夜はだいたい想像つくわ…。」    「森川のおっちゃんなんか毎日みたいに見かけるし… なぁお昼って、どんなお客さんが来てはるの?」

     「ほんまに夕子は…知らん事はなんでも聞きたがるわねぇ。」

  「そんなこと無い。 …うち、ど~でもええことは、ほんまにどうでもええねん。」                               「…せやけど、お店やお母ちゃんの事は、どう云う訳か…なんでも…どんなことでも気になるんや。」

 「そう…とりあえず、気に掛けてくれて有難うって事にしときます。 お昼はね、ほとんどがこの辺りで仕事してはる人ですわ。」  「お弁当作るんも  大変やし、暑い間は腐る心配も在りますやろ。」 「そうや、この夏から来てくれるようになった、若い靴の職人さんもな、梅雨ぐらいまでは母親の手作り弁当やったそうですわ。 でも、やっぱりさっき言うたような理由からでしたんやけど、これが、秋になったころから…『もう、弁当は作らんでもええ。』と…母親に言いましたので、これからも毎日、よろしくお願いします。」って…ほんまに毎日、通うてくれますねん。 うちには有難い話ですけど、お母さんの事考えると…チョット悪い気がしてますねん。」

  「お母ちゃんの作るもんって、ほんまになに食べても美味しいから、うちにはその人の気持ちよう解かるわ。」             「料理の数も多いし…。」

 「そう、私もその人に…お母さんに申し訳ないわぁって言うたら…弁当は有難いけど、毎日、同じおかずなんで飽きるんやそうですわ。」 「ここへ来たらいろんな料理が食べられて、僕の方こそ有難いですって言うてくれて…フフッ…また、お母ちゃんのファンが一人増えましたんや。」

    「お店の……の間違いとちゃうやろか?」

      「なにか言いましたか…?」

   「うぅん、別に…ただ、うちも…マサとお母ちゃんのプラス思考は勉強する事にするわ。」                      「なぁ、そろそろごはん。 お腹すいた~」

 「今日は、オムライスに初挑戦と思うてたけど、さっきの一言で、たくあんでお茶漬けに変りましたなぁ…」

     「ええ~~っ……うそや~ん…。」

 「…嘘です。 お茶漬けも嘘ですけど、オムライスも予定に入ってません。 ちょっと意地悪、言うてみただけですわ…」       「今日は出来メニューの、巻き寿司、イナリ、バッテラのお寿司セットで辛抱して。 おかずは何を食べてもええから。」

  「十分やんか。 びっくりさせんといて欲しいわ。 お母ちゃんの作るもんやったら何でもええんやから。」

 「急に来るからやで。食べたいもんが在る時は前もって言うといてね。きょうは釜めしも残ってないしなぁ。」

  「美味しい…公務員軍団、来てくれるやろか。」                                                 「そうや、あしたは運動会やで、覚えてくれてたぁ?…夕子も今日は早めに帰る事にするわ。」

  「当たり前やないの。 お弁当持って、お父ちゃん、お婆ちゃんと応援に行きます。」

     「えっ、ほんまに…?」

 「せやから、当たり前やないの。 去年までとは事情は変わっていても、びっくりする事や在りません。 当たり前の事です。」   「そうや…賭けてもよろしいで、今晩お父ちゃん…必ず、お店に来るはずですわ。」 「だいたい、サブちゃんって、運動会のために一年を生きてるような子供でしたんや。…『主役は俺や、体の芯から燃えて来よる~』とか…訳の解からんこと言うてましたわ。」

    「うち、そんな奴…もう一人知ってる。」

  「…とにかく、そんなお父ちゃんが、夕子のぶっちぎりで勝つところ見逃すはず無いやないの。」