制服と割烹着(夕子と昌幸・青春篇) 第1話


 「うちは夕子やで。」

「そ、それは知ってる。どっちか言うたら知り過ぎてる…と思う。」

「ふ~ん…知ってて言うてるんやな?」「ほんなら、うちらの住んでる日本にはクリスマスが無いのんも知ってるんか?」

「当たり前やないか。」「ここ数年、これはひょっとしたらと思える場面を、いたる所で見かける気はするんやけどな…俺とお前の周辺には存在してへん。」

「ほ~、せやのにバレンタインって…なにを眠たい事言うてるんや?」

「ちゃうやん。俺は、ただ…もうすぐ高校も卒業やし、お互いの進路も決まったしやなぁ…記念にいっぺんぐらい…」

「いっぺんぐらい…なんや?」

「お前からは毎年、ぎょうさんチョコレートはもろてるけど。おかげで家ではえらいモテモテやとも思われてるけど…」

「けど…けど…って何やねん?子供の頃から言うてるやろ…最後からしゃべり。」

「…せやから、いっぺんぐらい夕子からのチョコレートも、在ってええんとちゃうかな~と思うたんやないか。」

「あのなぁ、バレンタインデーの意味くらい、うちでも知ってる…マサかてそうやろ?」

「それは……」

「1番の理由はそれや。」「2番目も3番目もそれや、うちはおそらく、死ぬまでチョコレートを買う事は無いと思うで。」

「なぁ、今は特別…本命やのうても渡したりするんが流行りなんやで。」

「そんなもん流行らんでもええし。」

「そ~云うお前は、女やのに毎年…何十個ももろうて、俺にくれるやないか。」

「けったいな世の中や。せやけど『憧れています』とか言うて持って来てくれるもん、返す分けにも…ましてや捨てる分けはいかへんやろ?」

「まぁ、おかげさんで、うちの家では家族ぐるみで喜んでるけどな。お母んなんか『夕子ちゃんには内緒にせなアカンで』とか言うたりしよって…困ったもんや。」

「ほんま!。困ったもんや!。なぁ!」

「…せ、せやな…」

「とにかく、うちは、甘いものなんか大嫌いやのに毎年毎年…バレンタインデーが近づいて来るだけで憂鬱なんや。」

「まぁ、夕子みたいな奴もたしかに珍しいわなぁ。」

「けど、うちが言うのもなんやけど…マサかて中々なもんとちゃうんか? 幾つかもらえるやろ?」「うちのクラスでも、後輩の子らの中でも、カッコええって評判やで?」

「そこや…俺には、夕子って彼女が居ているとみんな知ってるもんやから…痛っ…た~…お前、久しぶりに本気で蹴ったやろ? 狙いすましたようにスネやないか…う~っ…」

「ええか、あんたには彼女なんか居て無いんや。」「それにこれも、うちが言うのはおかしな話やけど、あんだけ、しょっちゅう『夕子が…』『夕子は…』って言うとったら、誰でもマサが好きなんは『夕子』って言う奴やと思うやろ…アホっ!」

「そ、そんなに言うてるか~?」「言うてたとしても、妹って事も在るやん?」

「あんたは18年間、一人っ子や。」

「それは、お前もやないか、それに知らん奴かて居てる。」「結局は、なんと云うても、夕子、お前が超有名人やからなぁ…いつも一緒に居てるし、それが原因やで。」

「最後はうちのせいにする気かいな…」「そろそろ、スネの痛いのも治まった頃とちゃうんか?」

「ちょっと待ってくれ…もう一発くろうたら練習にも影響が出るやないか。」「さっきのは…ほんまに痛かったど。」

「それは、ゴメン……」「けど覚えときや…うちはマサが今更、何を言うても、何を思うても…もう慣れてる。人が噂するのにも慣れてるんや。それはもうええ。せやけど、うちに彼氏は居てへん…これが事実や。」

「なんや、ややこしい言い方やなぁ…せやけど、要するに俺がお前を彼女って思うてるのも、人がそう噂するのも、夕子は厭や無いって事なんやろ?」「これって事実上の彼女って云う事とちゃうんか?」

「いや、違うはずやけど……」「とにかく人前でこの話はしたらアカンで。」

「……お前、噂も気にならへんって言うたとこやないか?」

「気が変わったんや!」

「ちょっと考えてみぃ、俺の身の回りで、お前の周りでもそうや、俺とお前がただ仲がええだけで、付き合うたりはして無いと思てる人間…誰か居てるか?居てへんやろ?」

「……うち一人やろな。」

「逆になんでやねん?」

「なんでもや! 絶対に認められへん。」

「……世間では、俺がお前を追いかけ回してるように思われてるけど、高校受験の時…俺は柔道で推薦入学が決まってたんやで、それを私立は学費が高いとか、遠いから交通費まで高うつくやとか言うて…願書まで自分が行くついでにもろうて来たんは夕子、お前やど。後から思うたら、特待生やから私立でも学費なんかいらんかったんや。」「せやけどまぁ、お前の特訓のお陰で合格したんは感謝してるけどな。」

「ちっこい時から、しょうも無い事はよう覚えてるんやなぁ…」「感謝の気持ちだけ覚えといたらええねん。」

「しょうも無い事とは違うやろ?」

「ほな、あんた、うちと幼稚園から高校までずっと一緒やったんが厭やと言うんやな?」

「……そんな事言うてないやん。」

「良かったんか? 悪かったんか?」

「…良かったけど……」

「そんで、ええやないか。」

「……うん。」

「だいたい、うちみたいにええ女がまったくモテへんのは、マサみたいなイカツイ奴がいつもそばに居てるからやで。」

「いや~それは…それこそ俺のせいや無うて、別の理由が……」

「どんな理由や?」

「どんな理由にしても…心配せんでもええって、子供の頃から…俺が責任を…」

「アホっ! それが心配なんや!」

「そんだけ大きな声で言わんでも…」

「なんや、近所でも、店の常連さんから、お父ちゃんやお母ちゃんまで、既成事実みたいに言いよる…ほんま、かなわんわ。」

「そうは言うても…ええか、もう俺には他の選択肢なんか考えられへん。」「警察官には採用されたし、今年のモントリオールはさすがに今の実力では無理やったけど、次のモスクワには実力で行って見せる…」「お前、俺に愛情で表現するんは『頑張ったのにオリンピック予選で落ちた時と、事故かなんかで死にかけてる時だけや』って言うてやろ? 覚えてるか?」

「あんたほどや無いけど、それは覚えてるで……せやから?」

「オリンピック代表になれたら…その時は観念して俺の嫁はんになってくれ。」

「あ…アホっ! いきなり、なに言うてるんや? 冗談はやめときや…」

「俺は、いたって真面目や。」

「あ、アホっ……これって、直球ど真ん中のプロポーズやないか?」

「うん、せやで。」

「せやで…って、高校の卒業もこれからや言うてるのに…アホ…な事を…」

「卒業はまだでも、その先は決まってるやないか。後は結果が付いてくるかどうかやろ? お前が『うん』って言うてくれるのと言うてくれへんのとでは、俺の気合の入り方が違うてくる…それは分かるやろ?」

「そんなん、うちには関係…在るやろなぁ……あんたの場合…」

「なっ…と云う事は、道が決まった以上、勝負は始まってるんや…嘘でもええから『うん、わかった』と言うてくれ。」

「……道が決まった以上…勝負は始まってる…説得力は在るやないか。」「いやいや、そうは言うてもこればっかりは…」


「せやから、嘘でもええからって言うてるやないか。」

「なぁ、嘘でもええから…って、嘘やないやろなぁ?」

「嘘や無い…たのむわ。」

「オリンピック代表やな?」

「そうや。」

「モスクワって…もう決まってるんか?」

「そんなもん早ようから決まってるで、工事や準備に時間が掛かるやろ…その次もモスクワまでには決まるはずや。」

「代表になれた時だけやな?」

「そうやで…」

「落ちた時には…あきらめるんやな?」

「俺からは2度と言わへん。」

「そ、その時は…約束やから、愛情をもって慰めたるわ…」

「うん、その時は頼むわ。けど、お前が『うん』と言うてくれたら…落ちた時の心配なんか必要ない。」

「…それって、返事によっては…マサの嫁はんになるって事なんか?」

「そう云う事になるかも知れんなぁ。」

「…けど、嘘でも言うて欲しいんやろ?」

「嘘でも言うてくれ。」

「代表になれた時だけ……」

「早よ、言え!」

「うん、わかった。」「あっ、今のは…」

「しっかり聞いた。」

「せやから、今のは……」

「夕子がこう云う場面で、嘘を言うはずが無いのは判ってる…俺の人生で一番気合の入った4年間になることは間違い無い。」

「そうか……まぁ、せいぜい頑張ったら、ええんとちゃう?」

「もう、お前は俺の嫁はんや…」

「誰か…悪い夢やと……まぁ、夫婦漫才が無くなっただけでも、今日のところは良しとしとこか…」


 昭和51年、夕子と昌幸が18歳で迎えたバレンタインも間近な早春の出来事。
まさか4年後、オリンピック・モスクワ大会を日本がボイコットによる不参加を表明する事など知る由もない2人の物語『制服と割烹着(夕子と昌幸・青春篇)』はこうして始まります。
 2月に入ったばかりですが、昌幸は警察官、夕子は料理の専門学校へと、それぞれ採用や合格が決まっていた。夕子に誘われるままに名門府立高校へ進学した昌幸。大学受験に苦しむ友達をしり目に、明るい将来を信じて疑わない二人なのでした。

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制服と割烹着(夕子と昌幸・青春篇) 第2話


 「青田先輩、本当に料理学校なんですか?勿体ないですやん。」「誰に聞いても同じ事言うと思いますわ…」

「有難う…ほんでも、なんにも勿体ない事なんか無いで。」

「え~っ…総体記録作ったんですよ。」「進学なんか、より取り見取りやったのに…私らかて自慢できたのに…」

「先生にも色々言われたけど、実はなぁ…うちは中距離なんか大嫌いなんや。」

「えっ…嘘ですよね?」

「ほんまや。」「現役、終わったから言うけど、性格は完全に短距離向きやねん。短距離ではトップになられへんかっただけの事や。」

「性格の話は、先輩の場合よう分かります。けど短距離でも、うちらみたいな公立レベルやったら無敵でしたやんか…弱小とはいえ校内では男子を混ぜても断トツやったし。」

「いや、全然アカン。短距離では、ええとこまではいっても最後までは残られへん。せやから中距離と高跳びをやってたんや。そんな訳やから、ほんまに何の未練も無いで。」

「先輩らしいと云うのか…男前やわ~」「青田先輩って何を言うても、何をやってもカッコええです。憧れます…ほんまに。」

「有難う…なぁ、もうすぐバレンタインやけど……」

「はい、もうすぐバレンタインデーですけど、とうとう先輩も卒業やと云う事で、今年は特別に…それぞれが手作りの大作で勝負することに全員一致で決まりました。」

「全員…一致?」

「はい、全員一致。」

「手作りの大作?」

「はい、手作りの大作…そんなん一人だけ買うた物なんか渡せませんやんか。」「そんな訳で、今年は勝負が掛かってますから。どれが1位か…3位ぐらいまでの順位をみんなに教えたって下さい。」「まぁ、1位争いは、私と伊藤さんやと思いますけど…なんと云うても気合の入り方が違いますから。」

「そう…そうなんか?」「それは…せやな、楽しみにしとくわ……」

「はい。今年は特に…陸上部以外からもスゴイと思います。大きなカバンか何か用意しといた方がええんとちゃいますか。」

「そ、そうか…わかった。大きなカバンなぁ…有難う、考えとくわ。」

(体育会系の奴って、男も女も、多かれ少なかれ、マサみたいな奴ばっかりやなぁ。)



 「藤川先輩、警察官になっても頑張って下さい。ずっと応援させてもらいますので。」

「おう、有難う…頑張るで。」

「けど…うちみたいな弱小高校でも、先輩の場合はあちこちから推薦来てましたのに進学は考えへんかったのですか?」

「考えたで。」

「それやったら…オリンピックを目標としてる先輩には進学した方が良かったんと違いますか?」

「夕子みたいに陸上やったら、進学したかもわからんけど、警察やったら柔道は続けられる。オリンピックにも行くつもりや…けど、それは最終目標とは違う。」「俺の最終目標のためには警察官は必須条件なんや。」

「…?…はぁ。そう云えば青田先輩も、僕らから思うたら勿体ない話ですわ。」

「そこが…あいつらしいところや。あいつには中距離や長距離なんか向いてへん…おそらく大嫌いなはずや。」

「え~っ…これは先輩の言う事でも信用できませんわ。インターハイ優勝したんですよ…高校記録なんですよ?」

「あいつは、勝負は早ければ早いほどええってタイプなんや。性格そのものが短距離向きやねん。短距離で勝てるんやったら短距離をやってたはずや。」

「話を聞いたら、青田先輩の場合…分かる気がします。」「ほんまカッコええ、男前な性格って云うのか…みんなの憧れですわ。」「あっ、もちろん藤川先輩にも憧れてますけど…二人はほんまお似合いですわ。」

「……『恐竜と怪獣』とか言う奴も居てるらしいけどなぁ?」

「ぼ、僕とは違いますよ…うなずける話やとは思える…」

「思えるんやな…まぁええ。ちょっと判る気もする。」「小学生の頃のあいつのあだ名はキングギドラや……痛っ! 」

「こらマサ、なにしょうも無い事言うてるねん。着替え終わったらさっさと帰るんや。うちの上履き拾うて早よ帰っておいで。」

「ゆ、夕子~」

「青田先輩…お疲れ様でした~」

「なっ、俺は別としても、あいつの怪獣は分かるやろ?」

「はい、この距離で上履き投げてストライクですもん…すごいです。」

「もう片方も投げて欲しいんか?」

「ちょ、ちょっと待て…すぐ行く。」


 「ほんま、しょうも無い事ばっかり云うて…ちゃんと練習してるんか?」

「してる、してる。とにかく、練習はばっちりなんや…けど、この2月に入ってから3年生で学校に来てる奴なんか、俺とお前を含めて数人だけや…つい後輩とあれこれ話し込んでしまうんや。」

「それは、うちもやけど…あんたの場合は、ろくな事言わへんからなぁ…とことんお父ちゃんに似て来たように思えて、なんか腹が立つんや。」

「それは…今更、どないしようも無いやろ。先生のように成りとうてやって来たんやから、俺にとっては、むしろ褒め言葉や。」

「ええとこだけ似とったらな。」「悪いとこまでそっくりやから具合悪いんや。」 

「先生に悪いとこなんか無いやろ?」

「これやから困るんや。在りまくる…って事は無いよ…確かに。」「しょうも無い事を言い過ぎる、やり過ぎる、なんと云うても好き過ぎる。これが諸悪の根源なんやけど、死ぬまで治らへんやろなぁ…二人とも。」

「楽しかったらええって性格の事やったら、死んでも治らんと思うで。」

「無理に治す必要はないけど、あんたら二人は度が過ぎるんや…なぁ、あしたはど~するんや? 部活に出て来るんか?」

「うん。車の免許だけは4月までに取っとかんとアカンけど…他に予定が無い時は出て来るつもりや。柔道部は引退するけど、柔道を引退する分けとは違うしな、自分自身のトレーニングがわりや。」「昼から出て来て、部活の時間までにランニングとウエイトトレーニングをサーキット3本仕立てで終わらせとくんや。」

「なぁ、4年間も在るんやから、適当に息抜きも必要やと思うで……」

「4年しか無いんや。息なんか抜いてられるはずが無いやろ。」

「そうか、せいぜい……」「うちは、出来るだけお母ちゃんの手伝いをするつもりやから、週に1回くらいやと思うわ。」「次に来るのは…バレンタインデーになると思うけど、今年は特に憂鬱なんや。」

「特に…?」

「すごい事になるみたいなんや。」

「それって、俺と俺の家族は楽しみにしとったらええって事やろ?」

「うん、ただ…今年はちゃんと吟味して1位から3位までを決めて報告してや。なんでも勝負が掛かってるらしい…頼むで。」


制服と割烹着(夕子と昌幸・青春篇) 第3話



 「お父ちゃん起きて……」

「……うん? あっ、居眠りしとったみたいやなぁ。」「今、帰ってきたんか?」

「そうやけど、こんな季節に風邪ひく…はずは無いけどなぁ…けど、気は付けや、いつまでも若こう無いし。」

「アホな事言うな。まだ40半ばやないか、中年と呼ばれるようには成ったけど心配いらんわ。」

「けど、どないしたんや? お婆ちゃんは?晩御飯は?」

「お婆ちゃんなぁ、昔からの友達のお見舞いに行ったきり、まだ戻って来んのや。」「急な話やったけど、大した事は無さそうやから、夕方には戻ると言うて出て行ったんやけどなぁ…俺もお客さんが途切れて、その後、転寝をしてしもうたみたいや。」

「ふ~ん。うちは今から『洋子』やけど、どないする…一緒に行くか?」「晩御飯、困るやろ?」

「そうやなぁ…お婆ちゃんは鍵も持ってるし、居場所も分かるはずしやなぁ…ちょっと起き手紙しといて、行こか。」

「うちはもう出かけるから、来るんやったら早めにおいでや。」

「よっしゃ。もうちょっと待って…6時までには行くから。」


 「お母ちゃん、今日は部活へ行ってたから、この時間やけど、学校が始まるまでは出来るだけ昼も、買い物も、何でも手伝うから。」

「有難う。嬉しいけど、専門学校とは云え、学生の間は、いらん気を使わんでもええんやで。夕子は、ほんまに子供の頃からいらん気を使う子やったから……」

「後を継ぐと決めたんやから、学校も手伝いも全部が勉強なんやで。マサが本気で頑張りよるんや。うちかて本気で頑張らんと…お母ちゃんこそ、気を使わんといて。」

「夕子、あんたの気持ちは分かりました。遠慮せんと手伝うてもらいますわ。昌幸くんに負けんように頑張って、一人前の女将になって頂だいや。」「けど、一人前と云うても、居酒屋の女将では、オリンピック選手とはつり合いが取れへんのとちゃいますか?」


「その時は・・・・・・お母ちゃん、何が言いたいんや?」

「せやから、オリンピックなんか、出られても出られんでも…こだわって、負担を掛け過ぎたらあきませんで。」
「それは分かってるつもりや…」「お母ちゃん有難う。けど、なんでそんな話を?」

「いえ…別になにも在りませんけど…」


 「……入ってもええか?」

「お父ちゃん…もう入ってるやん…」「聞いてたんか?」

「いいや…なんにも聞いてないで。」

「大丈夫ですやろ…お父さん、どないしたんや? こんな時間に…」

「ゴメン、お母ちゃんに言うの忘れてたわ…って、お母ちゃん、お婆ちゃんの事知らんかったんか?」

「知らんわけ無いやろ。一緒に居てたのに、それよりお前の言うように、オリンピックだけにこだわったら…あっ……」

「あんた…アホやろ……」

「ええよ、聞かれて困る話とは違うし。」

「…そ、そうやろ。夕子は人間が出来てる。オリンピックだけにこだわり過ぎたらアカン事は十分に分かってるんや。」

「…なるほど…あの、あほんだら…そう云う事か……」

「お父さん、あんたのせいやで。」

「えっ?」

「お父ちゃん。マサから聞いた話を、聞いたまま言うて。」

「さぁ…なんの事やろ?」

「誤魔化してもおそいで。」

「うちは知りませんで……」


 「毎度~さむい、さむい…ママ~お湯割りと土手焼きや。」「なんや、若女将にサブちゃんまで居てるやないか?」「外も寒いけど、ここの空気も寒いようやなぁ?」

「はい、ええとこへ来てくれましたわ。」

「ちょっと待って。森川のおっちゃん、うちになんか言いたい事ない?」

「うっ、どう答えたら正解なんや? 若女将は何を期待してるんやろか?」

「期待はして無い。せやから、みんなの顔色見ながら話をせんと素直に言うて。」

「それはやっぱり、昌幸の…」

「なぁ、今日はおっちゃん一人?」

「うん、定年してからは一人が多いのは若女将も知ってるやないか。」

「ふ~ん、それやったらしゃ~ない。ここに居てるメンバーはみんな…マサから何か聞いてるやろ?」

「うん。聞いてるけど…わしら、若女将のファンクラブの会員やけど、昌幸も応援してるもんやから……」

「森川さん、俺が言いますわ。こうなったらしゃ~ない。」「相手は夕子や…誤魔化す事は不可能やろ。」「どっちみち時間の問題や…悪い話とも違うしな。」「ええか、昌幸の話というのは『オリンピックの代表に選ばれたらと云う条件付きやけど、昌幸のプロポーズを夕子が受けた』…と云う話や。」

「・・・・・・」

「お前の気持ちはよう分かる。すでに勝負は始まってる。自分が応援したら昌幸の気合も入る…『すごい愛情を感じました』と云う昌幸の言葉にみんな感動したんや。」

「みんな…すごい愛情…感動って…」「なぁ、みんなって誰と誰?」

「みんな云うたらみんなやないか。」「花園町や萩之茶屋界隈は当たり前として…せやなぁ、ざっと半径2キロ以内で知らん奴は居てへんやろ。なんせ、お前ら有名人やから。」

「・・・・・・なんや眼がかすんで来たわ…なぁ、お父ちゃんは当然、マサから直接聞いたんやろ?」

「そうや。」

「俺もやで。」

「おっちゃんも…お母ちゃんは?」

「私も昌幸くんからですわ。なんや昼を済ませて、『いまから部活です』って言いながら入って来て……」

「この店に? 誰か居てた?」

「居てたも何も、隣のお店は勿論ですけど、薬局とその隣の雀荘までは聞こえたんとちゃうやろか…勝ちゃんと茂さんなんか聞き直しに来はったから…」

「……あのハ虫類、そんな大きな声で…」

「選手宣誓みたいでしたわ。」

「宣誓って…あのアホ……」

「爽やかで、カッコ良かったで。」

「ほんで、うちが『代表に選ばれたら結婚したるから気合入れて頑張りや』って言うた事になってるんやな?」「それを聞いたマサが『愛情を感じました』って言うてる訳やねんな?」

「ちょっと違う…『すごい愛情』って云うとった。それに感動させられたんや。」

「わしも一緒や。」


 「わても、そう聞きましたで。」

「お婆ちゃん……」

「昌幸ちゃん、製麺所まで挨拶に来てくれてなぁ…よっぽど嬉しかったんやろ。」「製麺所中で拍手喝采や…梅乃さんなんか涙ぐんではったわ。」

「…たまらんなぁ……」

「お義母さん、お帰り。」「桜井さんはどうでしたんや? 晩御飯は?」

「なんの心配も要りませんわ。話し相手に呼んだやないかと思うほど元気で…気が付いたら、えらい長話をしてしもうてましたんや。」「晩御飯なぁ…まだですねんけど、ここら辺のモンを適当に盛り付けてくれたらよろしいわ。それから冷でええから2合ほど…」「森川さん、久しぶりでっけど、若いもんが湯割りなんか飲んで……」

「若いって、一つか二つぐらいしか変りませんやんか。」

「一つや二つの事にこだわっとったら、あきまへんで…」

「もう、かないませんわ…どっちがこだわってますねん。」「まぁ、とにかく若女将が飲めるようになるまで、お互いに元気で頑張りましょうや。」

「それは楽しみですけど、まだまだ老けこむ歳や在りませんがな…後、2年ですやろ? わても、70までは製麺所で働くつもりやさかい。」

「2年か…うちは、4年後が怖いわ…」


制服と割烹着(夕子と昌幸・青春篇) 第4話


 「マサ~居てるか~」

「夕子~、来る頃やと思うてたで…10数えたら上がって来てくれ。」


 「マサあんたなぁ……」「マサ、なにしてるんや……その格好?」

「夕子…早いやないか、まだ準備が…」

「アホっ! うちが10数えると思うたんか…数える分け無いやろ。アホっ!」

「いや、数えへんとは思うたけど、何かを予感させる一言やろ?」「それからなぁ、文章の最初と最後に『アホっ』って付けるのやめた方がええと思うで。」

「アホっ! うるさいわ…アホっ!」

「さすが夕子や…乗ってくれるから好きやねん。」

「あんた、その格好もそうやけど…とにかく1回笑わそうと必死みたいやなぁ?」

「そら4年間、大事にせなアカン命と体やからなぁ…笑わしたら勝ちと云うルールが在る以上はな。」

「無い!」「そんなルールなんか無いって、何べんも言うて来たはずや。」

「せやけど、よう考えてみ…このルールで勝ってるんはいつも俺やねんから。喧嘩で勝った事は一回も無いけどな。」

「…あんた時々、卑怯やで。その目障りなモン、ほんまに笑うてしまう前に脱いでくれるか。どこで借りてきたんや? 剣道部か、警察道場か?」

「剣道部や、警察道場はコネが在っても持ち出されへん。」「夕子お前、これより…最初と最後に『アホっ』って云うとこで笑うてたんと違うんか? 乗ってくれたやないか。」

「ううん…10数えるのが『何かを予感させる一言やろ』って…あそこでちょっとウケてしもうたんや。」「笑らわしたら勝ちと云うルールなんかは無いけど、今日も負けや…なぁ脱ぐのに、そんな時間が掛かるもん10秒では始めから無理やんか。」

「せやから、お前も言うように、俺かてお前が10数えるなんか思うてへん。数はいくつでもええ…それやったら、10しか無いやろ……ふ~こんなもん夏は着てられへんで……痛っ! ……痛っ! 痛いって……お前、防具脱ぐの待っとたんか………待ってくれ………痛っ、痛いって……まいった…ほんま痛いって……夕子…お前ええ加減に……勘弁してくれ!って……」

「・・・・・・・・・・・」

「・・・あっ・・・・・・」

「…………なぁマサ…その重たい体、早よどけんと誰が見ても、押し倒してるようにしか見えへんで。」

「…どいたら、もう暴れへんか?」

「…このアホが……」「正直に言うで、あと一発で終わりにしたる。」

「あと…一発やな?」

「あと一発や…嘘は言わへん。」

「・・・・・・」

「…眼をつむって、じっとしとき。」

「め、眼を? じっとはしとくけど…」

「いくで!」

「うっ…」

「なっ、どうせ眼はつむるんや…始めからつむって、じっとしといた方が変な処へ当たらんで済むんや。」「観念しい!」

「うん…なぁ、手加減……うっ…」

「…ゆ、夕子……?」

「うちの…ファーストキスや……」「勘違いしたらアカンで。今後一切、この件については、完全忘却、他言無用…再発防止システム稼働中や。ええか、あんたから、ちょっとでも変な事してきたら……」

「……はぁ、はぁ…してきたら?」

「仮・仮・仮・仮契約中の婚約は破棄する…覚えときや。」

「わか…った。」「ほんなら、仮、仮…仮契約でもなんでもええけど、婚約中って云うのは…それでええんやな?」

「あんたが、ここまで広めてしもうた話は、今更どないしょうも無い。ただし、完全忘却、他言無用や。ええか、今日の内容がちょっとでも漏れたら……」

「そんな心配いらんと思うけど…ちょっとでも、漏れたら?」

「その日を限りに、音信不通や。」

「……音信…普通…」

「心配いらんのやろ?」

「いらん…全然いらん。」

「例外は認めへんで…絶対に。」

「……うん。」「せやけど、俺のこの顔見ただけで、お前に殴られたって事は、今日中に広まると思うで。」

「えっ…マサ~どないしたん? あちこち腫れて……」「ここと、ここは、青タンになるやろなぁ…警察官になるって云うのに喧嘩なんかしとったらアカンやんか。」「これからは、気を付けるんやで……」


「お前の矢印型のシッポ…もはや、生命反応無しのステンレス製に変更されたみたいやなぁ…」「せやけど、これが喧嘩やったら新聞に乗ると思うで。」


「…辛抱したんやろ?」

「えっ?」

「マサがこんな目に合うぐらいやったら、相手はどんな目に…って言いたいんやろ?」

「・・・・・・」

「今までのマサやったら新聞も在ったかも分からん…けど、辛抱したんやろ? 『俺は警察官や、こんなところで暴力は出来へん。我慢するんや』って殴られても、辛抱したんやろ? えらい!」

「……俺の方から、婚約解消してもええかなぁ?」

「ええで。そうするか?」

「ゴメン! ほんの冗談やないか…分かってるくせに……」「ほんま、夕子も人の悪い…って、ほんまに人が悪過ぎるど。ステンレス製のシッポに、トゲはチタン製やろ…」

「おもろいやないか…腕、あげたようやなぁ……」「昼からは部活に行くんやろ? 練習中の怪我でもかめへんのやで~」


制服と割烹着(夕子と昌幸・青春篇) 第5話


 「オッス、入ります。」「藤川先輩、今日もお願いします。」

「おう、宮田か…早いやないか?」

「はい、自分は最後の授業が自習でしたので、先輩が居てはる事を期待して…先輩、もう、いつものトレーニングは?」

「終わった。お前らとの練習も在るからダウンとは云わんけど、最後の仕上げや。」

「体中の関節と筋を柔らかくって先輩の口癖ですもんね。」

「俺も師匠からの受け売りやけどな。」

「いや、すごいです。自分ら頑張っても中々そこまでは…あっ先輩、そこでちょっと動かんといて下さい。」

「えっ、ここで?」

「怒ったらあきませんよ…ずばり白クマの敷物みたいですわ。」

「ふん、うまい事言うやないか……」「よっしゃ終わりや。」

「せ、先輩…その顔…?」

「ああ、これか…ちょっとな。」

「ちょっと…やないですやんか?」「先輩が…きのうからですね…なんて云うか…! あ~~っ。い、いま、すべてが眼の前に映し出されたような気分ですわ。これって、当たってるんとちゃいますか?」

「当たってそうやなぁ…なんでそう思うたか教えてくれるか?」

「そ、それはですね、きのうの練習までは何事も無かった。その後…今日、学校へ来るまでの間ですよね?」

「まぁ、そうなるわなぁ……」

「それしか在りませんやんか。ほんで、きのうの帰りは、青田先輩と一緒に帰りはったと北島が言うてたんですわ…ねっ、これって、仮に相手が暴力団でも、事務所の一つや二つ潰せる戦力ですやんか。」

「アホっ! なにを訳の分からん事を…」

「いや、まぁ…これは冗談としても、新聞やニュースが、何も騒いで無いと云う事はですね『恐竜と怪獣』のコンビは……痛っ。すみません……」

「いや、かまへん。」「続けてくれ…もう怒れへんから。」

「はぁ…で、この危険な二人は、町や住人に危害を加えること無く、家まで帰りついたと推測されますよね?」

「新聞やニュースが騒いでないのが…それを裏付けてる。と言いたいんやな?」

「先輩…もう、怒れへんってい言いましたよね?」

「……怒ってへんがな。」

「…ほな、ここまで来たら……」

「ここまで来たら?」

「せやから…家に帰ってから、先輩にこの傷を負わせる事が出来るのは、青田先輩しか居てませんやんか。」「そうなると、思い当たるのは、前日に…先輩が合う人、合う人に喋りまくってた特大ニュース…これしか無いでしょ。逆に相手から『あの噂ほんまですか?』って聞かれたら、ごっつい嬉しそうな顔で『どこで聞いたんや~地獄耳やなぁ…噂の広まるのって早いなぁ…まいったなぁ』とか言うてましたやん。」「聞いてる自分らも『あれっ…ほんまかいな?』とは思うてたんですわ。」「ほら先輩、正直に言うてみなはれ…楽になりますよ?」

「アホっ! やかましいわ!」

「痛っ……」「もう、怒れへんっていいましたやんか。」

「怒ってへん。けどなぁ……細かいやり取りは別として、夕子は、ほんまに『うん、分かった』って言うてくれたんや。」

「先輩…その、細かいやり取りが大事なんと違いますか?」

「…………と、とにかく今日は、今のうちに帰る事にするわ。みんなには急用が出来たんや…とでも言うといてくれるか……」

「は…はい。お疲れさまでした。」

 (今…口止めなんかされへんかったなぁ・・・うん…されて無い……)


 「オッス!入ります。」「オッス!」

「お~い…みんな。」「北島も…みんなや、集まってくれるか……」



 「昌幸、ちゃんとこっち向いて食べんかいな。行儀の悪い…お父さんも一言、言うたって下さい。」

「…普段はそんな事無いから、おかしいとは思うてたんやけど、昌幸、その顔どないしたんや? 練習ではそんな事にはならへんやろ…まさか喧嘩とは違うやろな?」

「…うん、…いや……」

「いややわ~、ほんまやんか。せやけどお父さん、まさか喧嘩は無いわ…」「昌幸がこんな顔になるような喧嘩やったら、今頃、のんびりと御飯なんか食べてられへん。もうすぐ警察官や云うのに、この子かて分かってるはずやで…なぁ?」

「う、うん。当たり前やないか……」

「お父さんは、あない言うてるけど、練習やろ?」

「…うん。そう……」

「アホか、試合やったらまだしもやで…今の時期、後輩との練習で、こんなふうに成る分け無いやないか…なぁ?」

「う、うん…親父の言う通りや……」

「ほんなら…なぁ、正直に言うて。あんたは大丈夫でも、あんたの場合、色々と心配なんや…ほんまに喧嘩とは違うんやな?」

「違う…たとえ喧嘩しても、俺かて警察官になるんやから……」

「それは分かるで、警察官に成ったから云うて、殴られても我慢出来るような奴や無いから…俺も、お母さんも心配してるんやから、なぁ、正直に言うて安心させてくれ。」

「こ、これは…その……」

「あっ! お父さん、分かったわ。」

「えっ、急に大きな声出したらビックリするやないか……」「ほんで、ほんまに分かったんか?」

「…あの~なぁ、お母ん……」

「ふふふっ…あんたは黙とったらええ。」「朝から夕子ちゃんが来てたんやけど…今日は昼御飯もいらんって、おかしいとは思いましたんや…なるほどなぁ……」

「なぁ…お母ん………」

「あんたは黙っとたらええ。私が勝手に気付いただけや…怒られるんやろ?」

「・・・・・・」

「ふふふっ…理由まで分かりましたで。あんたの勝手な思い込みやったんやろ? そんな事やと思うてましたわ。」「せやのに、あちこちで…誰かれ無しに言いふらして。そら、夕子ちゃんで無うても怒りますわ。」

「昌幸、ほんなら…お前が言うとった、今世紀最大のニュースって嘘やったんか?…俺、会社中で言いふらしてしもうたやないか。」

「いや、お父さん、嘘とは違いますわ。この子はこう云う話で嘘はつかれんはずです。」

「そう、そうやで、嘘なんか全然…細かいやり取りは別として、夕子は、ほんまに『うん、分かった』って言うてくれたんや。」

「その、細かいやり取りが大事なんやろ……このアホ息子!」

「おい、ほんで夕子ちゃんとは大丈夫なんやろなぁ…俺はそれが心配や……」

「それは…」

「それは心配無いと思いますよ。こんな顔になってたにしては、昼も、帰って来た時も、顔は隠すようにしてましたけど、逆に調子は良さそうでしたから…殴られたけど、ええ事も在ったんやないやろかって…そんな気がしますわ。」「なぁ、図星やろ?」

「…う…うん、いや…俺、風呂行ってくるから……」

(お母んも中々、するどいやないか…ほんまに結婚出来たとしても、女尊男卑にグループ分けされるんとちゃうやろか…)


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弘と書いてひろむと読みます

Author:弘と書いてひろむと読みます
主人公の夕子と昌幸は作者と同級生と云う設定。          ディープな町、西成区花園町の世界を御堪能下さい。

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