2012/08/01
夕子、西成区花園町在住。 第1~3話。 ( うちは夕子や …)
(あらすじ)東京オリンピックに日本中が盛り上がった翌年の昭和40年。
舞台は大阪、その中に在って、最もディープな町、西成区の花園町に暮らす主人公の少女【夕子】とオリンピックの影響で体操選手に憧れる少年【昌幸】二人を取り巻く個性豊かな人々の日常を綴った物語です。
夕子の父【青田三郎】は元警察官。在る事を理由に退職後、整骨・鍼灸院を営むが、春駒姉さんの頼みを断り切れず、飛田のお姉さん達の性感マッサージを始める事に。元警察官で顔も良く知られる上に、評判の二前目だった三郎。口コミでたちまち評判となり…大繁盛するが、居酒屋を営む母親【洋子】はそれに腹を立て出て行ってしまう。母親になんとしても帰って来て欲しい夕子の活躍が始まります。
母親が戻って来てくれるまでの約一年を描いた、悪い人なんて出てこない浪速の人情コメディーです。
夕子と昌幸のやり取りを主軸に、母親の洋子が営む【居酒屋洋子】そしてこの店の常連客のおっちゃん軍団や父、三郎とその飲み仲間、夕子と昌幸の友達はもちろん、製麺所でパート勤めのお婆ちゃんなどに加え、母、洋子が友達の両親が営む居酒屋を引き継いだ経緯、三郎はなぜ警察官を辞めたのかなど、昔話も織り交ぜながら様々な人たちのやり取りが繰り広げられて行きます。
夕子と昌幸、現在二人は小学3年生。
夏休み、運動会、遠足と季節が巡っていく中で二人は『これでもか!』と云うほどの活躍を見せてくれます。
物語そのものは、主人公と同じ年齢の筆者が実際に経験や見聞きした事をフィクション化して創作したものですが、本文は冒頭部分以外、すべてがコテコテの大阪弁で語られる会話ばかりで進んでいきます。
「おい、タコ…。」
「うちの名前はタコとちゃう、夕子や。」
…と、答えるのは、とても利発そうで、将来はすごい美人にと思わせる女の子。そう、この物語の主人公だ。しかも運動神経も抜群で走っても喧嘩しても、誰にも負けたことがない。このマサこと昌幸も例外ではない。
日本中が熱狂した東京オリンピック翌年の昭和40年、現在二人は小学3年生。
「マサ、ええ加減タコって呼ぶのはやめて、呼び捨てにしてええから、夕子と呼んでや…なんべん言わす ねん。」
「そんなこと言うても、ちっこい時からずっとやからなぁ…」
「だいたいうちのお父ちゃんが、夕だけ漢字でコをカタカナで書いたりしたから、近所の大人が面白がって言いだしたんや。」
「散髪屋のおっちゃんが一番ひどい…」
「あかん、考えたら腹立ってきた…お父ちゃんが好きなうちにやめとこ、うちお父ちゃんの事はどないしても大好きやねん。」
「俺も好きや~ おっちゃんっておもろいし…なんと言うてもカッコええわ。」
「夕子は親子なんやからそう思うて当たり前やろ……まぁ、いろいろと困ったとこも在りそうなタイプやけど。」
「マサ、あんたが言うな。」
「なあ、そのおっちゃんなんやけど、お前とこ、この頃ケバい女の人がよう出入りしてるなぁ?」
「せやねん、お母ちゃん出て行ってから、よけいにひどうなってん。」
「なんか、セイカンマッサージとか言うて怪しい雰囲気満載や。」
「タコのおっちゃんて…」
「ゆ・う・こ・や!」
「…ゆ…夕子のおっちゃんて…腕のええ指圧師やけど、男前すぎるんや……って、俺のお母んが言うとった。」
「たしかに、娘のうちの目から見てもカッコええ親父やと思う……。」 「警察官やった頃の制服姿にほれ込んだってお母ちゃんが言うとった。」 「お母ちゃんたらその話する時、今でも嬉しそうにしゃべるねん。」 「で、そんなことお父ちゃんに言うたら、お父ちゃんも嬉しそうに…『そやろ、そやろ』…って言いよるねん…。」 「大人って複雑でよう判らん生きもんや。」
「俺らも、どんな大人になるんやろな……大きなったら、タコと結婚してたりしてな。」
「絶対ない!それから、うちの名前は夕子や、今日中にもう一回、タコ言うたらしばくからな。」
「それやったら大丈夫や、家までもうすぐやから。」
「なぁ、今日は土曜で宿題多いから後で…タ…夕子とこ行ってええか…?」
「…お…お前、もう拳骨に息吹きかけてるやん…恐竜より凶暴なやっちゃな~。」
「宿題ぐらい一人で出来るようになりいや……だいたいマサはまず、九九全部覚えるこっちゃ。」
「うん、七の段くらいからややこしいなるねん。」
「明るく胸を張って答えるんやない! 頭掻いてるところが、かろうじて照れてるつもりなんか?」
「…ろくしち…?」
「…42」
「ななろく…?」
「………………‼…42~~!」
「思たほどアホでもないやん。けど、今日はあかん。お母ちゃんとこで晩ごはん食べるんや。」
「ええなぁ、タコのおばちゃんプロや…痛っ!」
「今日中に言うたら、しばく言うたやろ。」
「本番は前触れなしにいきなり蹴るもんな。」
「なぁ、それまでに、宿題終わらせてやなぁ、俺も付いて行ったらあかんか…?」
「本職の味…食べさせてぇな。…家にいてた時はよう食べさせてもらえたのに。」
「あかん。土曜日は掻きいれ時や、開店前に食べて、うちもお店手伝うねん。」 「マサといっしょやと、宿題なんか、終わるもんも終われへん。」
「そっか、しゃぁないなぁ……。」
「あんたら家の前でいつまで喋ってるねん、はよ入っといで。」
「あっ、マサのおばちゃん こんにちは。」
「はい、こんにちは…夕子ちゃんはホンマにいつも溌剌としてるねぇ、昌幸もこの半分でもシッカリしてたらええのに…。」
「マサ、あしたの昼からで良かったらおいで、ほんなら、マサとおばちゃん、さようなら。」
「はい、さようなら…走ったら危ないで。……せや、芳月のアイスクリーム食べて行かへんか…?」
芳月のアイスクリームには後ろ髪を引かれたが、手を振って振り向くや駆けだす夕子。
気持はすでに母親の営む小料理屋【洋子】に在った。
「ただいま~………!……」
「おかえり………静かに……」
「……ふぅ、またセイカンなんとかや、よう分らん……。」 「…うち、今日は宿題終わったらすぐに出かけるから…晩ご飯はおばあちゃんと二人で食べてや。」
「……ん…………。」
「行先は判ってるやろ、はよ帰るから心配いらんよって、おばあちゃんにも言うといて…。」
「…………」
ランドセルをきちんと決まった場所に置き、宿題と、明日の時間割の準備まで終わらせるやいなや…
…お気に入りの服に着替えると…これまた、お気に入りの靴を履いて家を出た。
西成区、花園町。 …実にディープな下町だ。
人種のルツボであり、実はグルメな街でもあった。街にはいくつものお好み焼屋、ホルモン焼屋、寿司屋など同じ業種の店でも、お構いなしに乱立しているように観える。けれども、どのお店も、それぞれに常連客が付いて繁盛していた。また、それぞれが個性豊かで名物の逸品を用意していた。たとえば、お好み焼「芳月」のアイスクリームもその一つである。
小料理屋【洋子】はそんな街中、萩之茶屋駅前通りに在った。駅前通りと云うこともあって、この辺りは飲食店だけでなく、パチンコ屋や雀荘、町医者などさらに業種豊富な一帯だ。夕子の父親、三郎も柔道4段の猛者ながら中々の二枚目だが、母親の洋子はまさに町一番の美人と評判の女将だった。
「お母ちゃん、来たで~」
「夕子、待ってたで。あら、その服……」
「うん、お母ちゃんに買うてもろた、一番のお気に入りや。」
「ほんなら、よそいきにせんかいな。」
「お母ちゃんに見せたかってん。靴もやで。」
「ふぅん、あんた靴はそればっかりやな、だいぶ傷んできたわ、もう一つ買っとかんとあかんね。」
「まだまだ履けるで………えっ、お母ちゃん、買うてくれるん?」
「もうすぐ誕生日やんか、プレゼント何にするか悩まんですむわ…今年は靴にする」
「楽しみにしとくわ、それよりお母ちゃんおなかすいた。夕子ペコペコや。」
「カウンターに並んでるもんは何でも好きなだけ食べてええよ。それから、メインは夕子の好きな鳥の釜めしや。」
「やった~」「お母ちゃんの作るもんて、ほんま何食べてもおいしいけど、中でも釜めしは最高や。」 「なぁ、帰ってきてほしいわ。お父ちゃんのこと嫌いになったんか、どこでどないなったんかは、よう判らんけど、お父ちゃんって困ったとこ在るけど、うちは大好きやねん… お母ちゃんも好きなはずやわ。」「お父ちゃんの話するの厭そうちゃうし………。」 「あのセイカンなんとかがやっぱりあかんのやろ…?何となくわかるん…うちも嫌いやから。」
「…夕子、あんたよう喋るなぁ… はよ食べんと冷めてしまうがな。」
「うん、ゴメン。」
「今日はお昼が忙しかってなぁ、鳥の釜めし最後の一つ、夕子のために売り切れにして残しといたんよ。」
「ほんまぁ! ありがと…でも、売上にしてくれても良かったのに…。」
「あんたは、そんなこと気にせんでもええ。」 「…なぁ夕子、お父ちゃんには何んて言うてきたん?おばあちゃんは…?」
「お父ちゃんまた…仕事中やったから…」 「普通のお客さんやで…ほんで、おばあちゃんは………」
「せやから、夕子はいらん気ぃ遣わんでええって……おばあちゃんは?仕事終わる時間やろ…?」
「うん、製麺所の手伝いは3時までやけど、市場で買いもんして、お父ちゃんの仕事終わる5時頃まで帰ってけえへんねん。」
「やっぱり、居りづらいんやと思うわ……。」
「お父ちゃんのせいで、うちの家族バラバラになってしもうた……どうにかならんかなぁ。」
「でもな、お父ちゃんはお父ちゃんで、仕事は一生懸命してるみたいやし、うち、お父ちゃんのことは大好きやねん……」
「…もちろん、お母ちゃんも…おばあちゃんの事も大好きやで…。」
「ほんま、気ぃ遣いやな、子供のくせに…。」「夕子、あんたは学校から帰ってからどうしてるんや?気にならへんのか?」
「うちは二階に上がってしまえば気にならへん。」 「なんか厭やけど…時たま訳の判らん声が聞こえるんや…それがなんか厭やなんや……………けど、うちは大丈夫や。」
「…ほんまにぃ……うっ~~~…(バキッ…)サブのやつ……。」
「…⁉はっ…!!……お母ちゃん……箸…大丈夫…?」
「あぁ、ゴメン…お父ちゃんなぁ、今日みたいに夕子があたしのとこへ来た日はね、お店閉める頃にちょくちょく来るんよ。」
「ええっ、ほんまに?」
「うん、夕子とどんな話をしたんか気になるそうや…普段あんまり話が出来てへんからやろなぁ…?」 「あくまでも仕事なんやって言うてなぁ…もうええわ、こんな話。」「さぁ、もうすぐ暖簾出す時間や、食べてしまいなさい。」
「うん、今日は土曜日やから、いつもの公務員のおっちゃん軍団来るんやろ…?あのおっちゃんら面白いから好きや。」
「手伝うていくわ…ちょっと聞きたい事もあるねん、ええやろ……8時には家に帰るから。」
「しゃあないなぁ…まあ、あんたは邪魔になるどころか人気もあるしなぁ……でも、来はるかどうかは判らんよ。」
「お客さんが無かったら、うち、横町のマージャン屋行って、お客さん集めてくるし…。」 「洗濯屋と、果物屋のおっちゃんら必ずおるやろ…お父ちゃんもたまに居てるけどな。」
「あんた、そんなとこだけは、お父ちゃんに似たんかもねぇ…こんな商売やってる私より、誰とでもすぐに友達になれる。」
「うん、ここら辺でうちの知らん人はもぐりや。」 「でも、マージャン屋って夏になったら、暑いからみんなランニングシャツ一枚になるやろ…。」 「刺青してるおっちゃんばっかりで、ちょっと厭やねん… 刺青してへんのんお父ちゃんと果物屋のおっちゃんぐらいや、洗濯屋の茂さんは色は入ってへんけど線で花の絵描いてあるし…。」
「あんた、今日はほんまによう喋るなぁ。せやけどこんな話、あちこちでしたらあかんよ。」
「判ってる。ちょっと前まではパチンコ屋もやったけど、クーラー入ったからパチンコ屋ではあんまり見いへん。 」 「マージャン屋もクーラー入れて欲しいわ。」
「クーラーって無茶苦茶高いんやで~~。」 「お母ちゃんの店にも営業に来はったけど、とても手なんか出ぇへん。 それにこの店には大きすぎるわ。」
「そうか、パチンコ屋って儲かるんやなぁ。」
「ママ、暖簾まだか~?」
「ほらほら、喋ってるうちに…… どうぞ、いらっしゃいませ。」
「おっちゃん軍団いらっしゃい。いま、噂しててん。…クシャミせえへんかった?」
「今日は、若女将の夕子ちゃんのご出勤日かいな…?」 「クシャミはしてないけど、夕子ちゃんはほんまに営業向きやなぁ…ええ出迎えや。」
「ありがとう。 まずはビールやろ…人数分抜くで~。」
「よっしゃ~ビールは若女将……任せたで~」「ママ、土手焼きも人数分や…おっ、あと何にする?……俺はこの南蛮漬け。」
「はい、お待ち。最初の一杯はうちが御酌したるわ。」「…それとも、お母ちゃんの方が良かった…?」
「いやいや、若女将の方がええに決まってるやんか。」「じゃ、今週もお疲れ様。 かんぱ~い…」 [おつかれ~~]
「おっちゃんら、区役所の人やろ…?」
「俺は郵便局… 目の前やねん。」
「ふ~ん。 …なぁ、【 ジュウサンゲンボリガワのウメタテ 】…って何のことか判る…?」
「ああ、十三軒堀川の埋立ての事やな… 高速道路を作るんや。」 「もう、あちこちで始まってるんやで。」「それは、こっちのオジサンが詳しいで。」
「ほな、北村のおっちゃん教えて…?」 「宿題とは違うんやけど…先生に、判る人は調べてきなさいって言われてるねん。」
「うん、この店の前の道を26号線渡って、鶴見橋商店街を西へずっと行った突き当りや。そこに在る川を埋め立てて高速道路を作るんやけど、東京オリンピックに新幹線を間に合わせたように、1970年に大阪で万国博覧会っていうのが開かれるんで、それまでに大阪に高速道路を完成させるという計画なんや」
「ふ~~ぅん……北村のおっちゃん有難う… まぁ、もう一本抜いて注がせてもらうわ。」
「えっ…?……」
「もちろん……タダやないで~!」
「…せやろな…でも、なんか嬉しいわ。ほんま、末恐ろしい子やで。」
「ありがとう、おっちゃんらゆっくりしていってや。」