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夕子、西成区花園町在住。 第1~3話。      ( うちは夕子や …)


 (あらすじ)

 東京オリンピックに日本中が盛り上がった翌年の昭和40年。

 舞台は大阪、その中に在って、最もディープな町、西成区の花園町に暮らす主人公の少女【夕子】とオリンピックの影響で体操選手に憧れる少年【昌幸】二人を取り巻く個性豊かな人々の日常を綴った物語です。

 夕子の父【青田三郎】は元警察官。在る事を理由に退職後、整骨・鍼灸院を営むが、春駒姉さんの頼みを断り切れず、飛田のお姉さん達の性感マッサージを始める事に。元警察官で顔も良く知られる上に、評判の二前目だった三郎。口コミでたちまち評判となり…大繁盛するが、居酒屋を営む母親【洋子】はそれに腹を立て出て行ってしまう。母親になんとしても帰って来て欲しい夕子の活躍が始まります。

 母親が戻って来てくれるまでの約一年を描いた、悪い人なんて出てこない浪速の人情コメディーです。 

 夕子と昌幸のやり取りを主軸に、母親の洋子が営む【居酒屋洋子】そしてこの店の常連客のおっちゃん軍団や父、三郎とその飲み仲間、夕子と昌幸の友達はもちろん、製麺所でパート勤めのお婆ちゃんなどに加え、母、洋子が友達の両親が営む居酒屋を引き継いだ経緯、三郎はなぜ警察官を辞めたのかなど、昔話も織り交ぜながら様々な人たちのやり取りが繰り広げられて行きます。
夕子と昌幸、現在二人は小学3年生。

 夏休み、運動会、遠足と季節が巡っていく中で二人は『これでもか!』と云うほどの活躍を見せてくれます。

 物語そのものは、主人公と同じ年齢の筆者が実際に経験や見聞きした事をフィクション化して創作したものですが、本文は冒頭部分以外、すべてがコテコテの大阪弁で語られる会話ばかりで進んでいきます。


  「おい、タコ…。」

 「うちの名前はタコとちゃう、夕子や。」

 …と、答えるのは、とても利発そうで、将来はすごい美人にと思わせる女の子。そう、この物語の主人公だ。しかも運動神経も抜群で走っても喧嘩しても、誰にも負けたことがない。このマサこと昌幸も例外ではない。
日本中が熱狂した東京オリンピック翌年の昭和40年、現在二人は小学3年生。


 「マサ、ええ加減タコって呼ぶのはやめて、呼び捨てにしてええから、夕子と呼んでや…なんべん言わす ねん。」

 「そんなこと言うても、ちっこい時からずっとやからなぁ…」

 「だいたいうちのお父ちゃんが、夕だけ漢字でコをカタカナで書いたりしたから、近所の大人が面白がって言いだしたんや。」   「散髪屋のおっちゃんが一番ひどい…」「あかん、考えかけたら腹立ってきた、お父ちゃんのこと好きなうちにやめとこ、うちお父ちゃんのことはどないしても大好きやねん。」

 「俺も好きや~ おっちゃんっておもろいし…なんと言うてもカッコええわ。」                                  「夕子は親子なんやからそう思うて当たり前やろ。まぁ、いろいろと困ったとこも在りそうなタイプやけど。」

 「マサ、あんたが言うな。」

 「なあ、そのおっちゃんなんやけど、お前とこ、この頃ケバい女の人がよう出入りしてるなぁ?」

 「せやねん、お母ちゃん出て行ってから、よけいにひどうなってん。」                                      「なんか、セイカンマッサージとか言うて怪しい雰囲気満載や。」

 「タコのおっちゃんて…」

 「ゆ・う・こ・や!」

 「…ゆ…夕子のおっちゃんて…腕のええ指圧師やけど、男前すぎるんや……って、俺のお母んが言うとった。」

 「たしかに、娘のうちの目から見てもカッコええ親父やと思う……。」                                      「警察官やった頃の制服姿にほれ込んだってお母ちゃんが言うとった。」                                    「お母ちゃんたらその話する時、今でも嬉しそうにしゃべるねん。」                                      「で、そんなことお父ちゃんに言うたら、お父ちゃんも嬉しそうに…『そやろ、そやろ』…って言いよるねん…。」               「大人って複雑でよう判らん生きもんや。」

 「俺らも、どんな大人になるんやろな……大きなったら、タコと結婚してたりしてな。」

 「絶対ない!それから、うちの名前は夕子や、今日中にもう一回、タコ言うたらしばくからな。」

 「それやったら大丈夫や、家までもうすぐやから。」「なぁ、今日は土曜で宿題多いから後でタ…夕子とこ行ってええか? お前もう拳骨に息吹きかけてるやん… 恐竜より凶暴なやっちゃな。」

 「宿題ぐらい一人で出来るようになりいや。だいたいマサはまず、九九全部覚えるこっちゃ。」

 「うん、七の段くらいからややこしいなるねん。」

 「明るく胸を張って答えるんやない!、頭掻いてるところが、かろうじて照れてるつもりなんか?」 「…ろくしち…?」

 「…42」

 「ななろく…?」

 「………………‼…42~~!」

 「思たほどアホでもないやん。けど、今日はあかん。お母ちゃんとこで晩ごはん食べるんや。」

 「ええなぁ、タコのおばちゃんプロや…痛っ!」

「今日中に言うたら、しばく言うたやろ。」

 「本番は前触れなしにいきなり蹴るもんな。」 「なぁ、それまでに、宿題終わらせてやなぁ、俺も付いて行ったらあかんか…?」 「本職の味…食べさせてぇな。…家にいてた時はよう食べさせてもらえたのに。」

 「あかん。土曜日は掻きいれ時や、開店前に食べて、うちもお店手伝うねん。」                              「マサといっしょやと、宿題なんか、終わるもんも終われへん。」

 「そっか、しゃぁないなぁ……。」

 「あんたら家の前でいつまで喋ってるねん、はよ入っといで。」

 「あっ、マサのおばちゃん こんにちは。」

 「はい、こんにちは…夕子ちゃんはホンマにいつも溌剌としてるねぇ、昌幸もこの半分でもシッカリしてたらええのに…。」

 「マサ、あしたの昼からで良かったらおいで、ほんなら、マサとおばちゃん、さようなら。」

「はい、さようなら…走ったら危ないで。……せや、芳月のアイスクリーム食べて行かへんか…?」
 

    芳月のアイスクリームには後ろ髪を引かれたが、手を振って振り向くや駆けだす夕子。  
       気持はすでに母親の営む小料理屋【洋子】に在った。


 「ただいま~………!……」

 「おかえり………静かに……」

 「……ふぅ、またセイカンなんとかや、よう分らん……。」                                             「…うち、今日は宿題終わったらすぐに出かけるから…晩ご飯はおばあちゃんと二人で食べてや。」

 「……ん…………。」

 「行先は判ってるやろ、はよ帰るから心配いらんよって、おばあちゃんにも言うといて…。」

  「…………」


   ランドセルをきちんと決まった場所に置き、宿題と、明日の時間割の準備まで終わらせるやいなや…               
   …お気に入りの服に着替えると…これまた、お気に入りの靴を履いて家を出た。

      西成区、花園町。  …実にディープな下町だ。

 人種のルツボであり、実はグルメな街でもあった。街にはいくつものお好み焼屋、ホルモン焼屋、寿司屋など同じ業種の店でも、お構いなしに乱立しているように観える。けれども、どのお店も、それぞれに常連客が付いて繁盛していた。また、それぞれが個性豊かで名物の逸品を用意していた。たとえば、お好み焼「芳月」のアイスクリームもその一つである。

 小料理屋【洋子】はそんな街中、萩之茶屋駅前通りに在った。駅前通りと云うこともあって、この辺りは飲食店だけでなく、パチンコ屋や雀荘、町医者などさらに業種豊富な一帯だ。夕子の父親、三郎も柔道4段の猛者ながら中々の二枚目だが、母親の洋子はまさに町一番の美人と評判の女将だった。


 「お母ちゃん、来たで~」

 「夕子、待ってたで。あら、その服……」

 「うん、お母ちゃんに買うてもろた、一番のお気に入りや。」

 「ほんなら、よそいきにせんかいな。」

 「お母ちゃんに見せたかってん。靴もやで。」

 「ふぅん、あんた靴はそればっかりやな、だいぶ傷んできたわ、もう一つ買っとかんとあかんね。」

 「まだまだ履けるで………えっ、お母ちゃん、買うてくれるん?」

 「もうすぐ誕生日やんか、プレゼント何にするか悩まんですむわ…今年は靴にする」

 「楽しみにしとくわ、それよりお母ちゃんおなかすいた。夕子ペコペコや。」

 「カウンターに並んでるもんは何でも好きなだけ食べてええよ。それから、メインは夕子の好きな鳥の釜めしや。」

 「やった~」「お母ちゃんの作るもんて、ほんま何食べてもおいしいけど、中でも釜めしは最高や。」「なぁ、帰ってきてほしいわ。お父ちゃんのこと嫌いになったんか、どこでどないなったんかは、よう判らんけど、お父ちゃんって困ったとこ在るけど、うちは大好きやねん… お母ちゃんも好きなはずやわ。」 「お父ちゃんの話するの厭そうちゃうし………。」                              「あのセイカンなんとかがやっぱりあかんのやろ…? 何となくわかるねん…うちも嫌いやから。」

 「…夕子、あんたよう喋るなぁ… はよ食べんと冷めてしまうがな。」

 「うん、ゴメン。」

 「今日はお昼が忙しかってなぁ、鳥の釜めし最後の一つ、夕子のために売り切れにして残しといたんよ。」

 「ほんまぁ! ありがと…でも、売上にしてくれても良かったのに…。」

 「あんたは、そんなこと気にせんでもええ。」 「…なぁ夕子、お父ちゃんには何んて言うてきたん?おばあちゃんは…?」

「お父ちゃんまた…仕事中やったから…」 「普通のお客さんやで…ほんで、おばあちゃんは………」

 「せやから、夕子はいらん気ぃ遣わんでええって……おばあちゃんは?仕事終わる時間やろ…?」

 「うん、製麺所の手伝いは3時までやけど、市場で買いもんして、お父ちゃんの仕事終わる5時頃まで帰ってけえへんねん。やっぱり居りづらいんやと思うわ。」「お父ちゃんのせいで、うちの家族バラバラになってしもうた。どうにかならんかなぁ。でもな、お父ちゃんはお父ちゃんで、仕事は一生懸命してるみたいやし、うち、お父ちゃんのことは大好きやねん……もちろんお母ちゃんもおばあちゃんのことも大好きやで。」

 「ほんま、気ぃ遣いやな、子供のくせに…。」 「夕子、あんたは学校から帰ってからどうしてるんや?気にならへんのか?」

 「うちは二階に上がってしまえば気にならへん。」                                                「なんか厭やけど…時たま訳の判らん声が聞こえるんや…それがなんか厭やなんや……………けど、うちは大丈夫や。」

 「…ほんまにぃ……うっ~~~…(バキッ…)サブのやつ……。」

 「…⁉はっ…!!……お母ちゃん……箸…大丈夫…?」

 「あぁ、ゴメン…お父ちゃんなぁ、今日みたいに夕子があたしのとこへ来た日はね、お店閉める頃にちょくちょく来るんよ。」

「ええっ、ほんまに?」

「うん、夕子とどんな話をしたんか気になるそうや。普段あんまり話が出来てへんからやろな? あくまでも仕事なんやって言うてなぁ…もうええわ、こんな話。」 「さぁ、もうすぐ暖簾出す時間や、食べてしまいなさい。」

「うん、今日は土曜日やから、いつもの公務員のおっちゃん軍団来るんやろ?あのおっちゃんら面白いから好きや。手伝うていくわ、ちょっと聞きたい事もあるねん、ええやろ。8時には家に帰るから。」

「しゃあないなぁ… まあ、あんたは邪魔になるどころか人気もあるしなぁ。 でも、来はるかどうかは判らんよ。」

「お客さんが無かったら、うち、横町のマージャン屋行って、お客さん集めてくるし。洗濯屋と果物屋のおっちゃんら必ずおるやろ… お父ちゃんもたまに居てるけどな。」

「あんた、そんなとこだけは、お父ちゃんに似たんかもねぇ… こんな商売やってる私より誰とでもすぐに友達になれる。」

 「うん、ここら辺でうちの知らん人はもぐりや。 でも、マージャン屋って夏になったら、暑いからみんなランニングシャツ一枚になるやろ。刺青してるおっちゃんばっかりで、ちょっと厭やねん… 刺青してへんのんお父ちゃんと果物屋のおっちゃんぐらいや、洗濯屋の茂さんは色は入ってへんけど線で花の絵描いてあるし…。」

 「あんた、今日はほんまによう喋るなぁ。せやけどこんな話、あちこちでしたらあかんよ。」

「判ってる。ちょっと前まではパチンコ屋もやったけど、クーラー入ったからパチンコ屋ではあんまり見いへん。 」         「マージャン屋もクーラー入れて欲しいわ。」

「クーラーって無茶苦茶高いんやで~~。」                                                     「お母ちゃんの店にも営業に来はったけど、とても手なんか出ぇへん。 それにこの店には大きすぎるわ。」

「そうか、パチンコ屋って儲かるんやなぁ。」


 「ママ、暖簾まだか~?」

「ほらほら、喋ってるうちに…… どうぞ、いらっしゃいませ。」

「おっちゃん軍団いらっしゃい。いま、噂しててん。…クシャミせえへんかった?」

「今日は、若女将の夕子ちゃんのご出勤日かいな…?」                                                 「クシャミはしてないけど、夕子ちゃんはほんまに営業向きやなぁ…ええ出迎えや。」

「ありがとう。 まずはビールやろ…人数分抜くで~。」

「よっしゃ~ビールは若女将……任せたで~」 「ママ、土手焼きも人数分や…おっ、あと何にする?……俺はこの南蛮漬け。」

 「はい、お待ち。最初の一杯はうちが御酌したるわ。」 「…それとも、お母ちゃんの方が良かった…?」

 「いやいや、若女将の方がええに決まってるやんか。」 「じゃ、今週もお疲れ様。 かんぱ~い…」 [おつかれ~~]

  「おっちゃんら、区役所の人やろ…?」

  「俺は郵便局… 目の前やねん。」

「ふ~ん。 …なぁ、【 ジュウサンゲンボリガワのウメタテ 】…って何のことか判る…?」

 「ああ、十三軒堀川の埋立ての事やな… 高速道路を作るんや。」                                          「もう、あちこちで始まってるんやで。」「それは、こっちのオジサンが詳しいで。」

「ほな、北村のおっちゃん教えて…?」 「宿題とは違うんやけど…先生に、判る人は調べてきなさいって言われてるねん。」

 「うん、この店の前の道を26号線渡って、鶴見橋商店街を西へずっと行った突き当りや。そこに在る川を埋め立てて高速道路を作るんやけど、東京オリンピックに新幹線を間に合わせたように、1970年に大阪で万国博覧会っていうのが開かれるんで、それまでに大阪に高速道路を完成させるという計画なんや」

「ふ~~ぅん……北村のおっちゃん有難う… まぁ、もう一本抜いて注がせてもらうわ。」

 「えっ…?……」

 「もちろん……タダやないで~!」

 「…せやろな…でも、なんか嬉しいわ。ほんま、末恐ろしい子やで。」

「ありがとう、おっちゃんらゆっくりしていってや。」 

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夕子、西成区花園町在住。 第4話          (居酒屋 「洋子」)

「ふう、夕子の聞いてた工事の関係もあってか、今日も忙しかったわぁ………そろそろ…サブちゃん入っておいでぇな。なに遠慮してんのや、あんたらし無いで。」

「……ん、…繁盛してるみたいやな。」

 「あんたも、一生懸命に仕事を頑張ってるって、…夕子がほめとったで。」

 「ほ、…ほんまか…?」

 「ホ…ン…マ…や。」  「とりあえず、ビール一本はあたしの奢りや。」

 「忙しいのはええけど、体、大事にせいよ。」 「疲れたら俺がいつでも指圧したるからな。」

   「どこの?…」

  「えっ…。」  「………………」

 「どこの……どんな指圧をしますねん。」

 「ど、どこっ…って……。」

「なぁ、サブちゃん。あんた夕子やお義母さんにまで気ぃ遣わせて、ええ加減にしいや!」

「なぁ、洋子、そんな包丁握りしめて言わんでも…」 「いつも言うてるように…ほんまに、ほんまに、あくまでも仕事なんや。」

「時々、訳の分らん言葉が聞こえてくるって夕子が言てたけど、どんどん成長する女の子にどう云うつもりや…ほんまに…」

「普通の指圧でもわめくような人もおるやないか……たまにやけど…中にはごっつう激しいのが居てるんや。」

   「やかましいわ!どあほ!」

 「うわっ!…ちがう…誤解や。洋子の考えてるような事は全く無いんや…そりゃ、これでも俺はもてるからなぁ、せがまれる事は在るけど、裸になるのは向こうだけで、俺はちゃんと服は着たままなんや。」

  「誰が信用するねん…そんな話。」 「どっちにしても、裸の女の人相手に……ああっ、ほんまに腹の立つ!」

 「いやいや、これはこれで、ほんまに大変ななんやで。気も遣うしな、かなりキツイ仕事なんや。」

「ほんなら、やめはったらどうですねん。」

「俺も、出来ることなら止めたいけど、今は2割近こうがこの客でなぁ…しかも、人助けも兼ねてると…俺は思ってるんや。」  

 「人助けの意味が判らんわ… 人でなしの間違いですやろ…。」

「おいっ、いくらなんでも人でなしは無いやろ…」 「ほとんど…いや、全員が飛田のお姉ちゃんでな…今、大阪で大きな工事現場が集中しとって、労働者のおっちゃんらが一般のサラリーマンや商売人より金を持ってる。」 「せやから飛田は大繁盛や。一日に何人も客を取らされてヘトヘトになるそうや。」 「けど…けどな、自分が感じることなんかあらへんし、出来へんやろ。休みの日や、昼間の空き時間に自分もほんまに感じてみたいんや。」 「それが、一人、二人と、あそこへ行ったら、それが味わえると口コミで広がってなぁ……こうなってしもたんや。」

 「なんや無理やりこじつけて…判ったような判らんような…とにかく自分の亭主がそんな事してて喜ぶ女が居てる訳ないやろ…そもそも……なんで、あんたや無いとあかんねん。」

「そりゃ、こう見えても、俺はけっこう二枚目で格好もええと評判みたいで…どうせやったらって、云う事やないかと……」

   「帰りっ!」

   「わっ…!」  「…は、はいっ!……。」

夕子、西成区花園町在住。 第5話        (お~い、夕子…)

「お~い、夕子~ 約束どおり来たったど~~。」

「こらっマサ、うちは別に…来て欲しい事なんかあらへん。」

「そんな事言わんとぉ…相変わらずやなぁ」

「はよ上がっといで…うちは忙しいんや、サッサと終わらせる…ちょつと待ちィ! …マサ、あんたここに来るまで何してたんや…まぁど~せビー玉かメンコやろ……ドロドロやないか。」 「米屋の横の井戸で足洗うて、ズボンは脱いでから上がっといで。」

  「ええっ~タコ…あっ、夕子のエッチ!」

   「お前、2回しばくで……。」

  「あ~怖っ… すぐに洗ってまいります~~~っと……」

「マサ、こんなんも判らんのかいな、ほんまに、しゃあない奴っちゃなぁ。」 「だいたいやな、あんたいつまであのお祖父ちゃんに作ってもろたと云う…【コマ付のおもちゃ箱】…引っ張って歩いてるつもりや。」

「あ…あれは、命の次……いや…3番目か4番目に大事な箱なんや。」                                     「幼稚園の頃から、となり町へ出張しては勝負に勝って集めた戦利品の数々で……。」

「何が戦利品や…… ビー玉とメンコやないか…。」

  「一番の自慢はベーゴマやで……。」

「ベーゴマもいっしょや。 マサが負けた時はいつも、うちが取り返してやったやないか。」 「オマケに、となり町への出張ってなんや。…あんた、小学校に行くまで、南海電車のガード超えた事無かったやないか。あほらしぃ。」                              「さぁ、さっさと終わらせるんや…マサみたいなアホに付き合うてられへん。……うちは忙しいんや。」

 「忙しい、忙しいって、何がそんなに忙しいんや?…俺ら小学生が忙しい時って云うのは…遊び疲れて帰ってきたのに、ご飯は出来てる、お腹はペコペコ…せやけど銭湯行ってくるまで食べたらあかんって言われた時ぐらいや。」

「こいつの話聞いてたら脳みそ腐りそうや……」                                                  「なぁ、マサ…… うちが幼稚園クビになって一人で退屈してる時、一番好きやった遊び覚えてるか…?」

 「…捕まえた猫、きんちゃく袋に入れて…頭出して来たとこで紐絞めて…手も足も出えへん上に…ビビりまくってる猫のヒゲをちょん切るって…悪魔でも思いつけへんような…あれのことやろ…?」

 「いちいち癇に障る言い方する奴っちゃなぁ……ええか、しょうもない事ばっかり言うてたらおんなじ目に合すで。」

  「俺にはまだ…髭は無いけど……お前、ほんまにやりそうやから怖いねん。」

    「うちは、やる…」  「はよ、しぃ!」

      「はいっ!」

夕子、西成区花園町在住。 第6話       (夕子とマサ、下校時)

  「いよいよ本格的に暑うなって来たなぁ…… なぁ、夕子聞いてるんか…?」

 「ああ、ゴメンちょつと考え事や…橘君のお誕生日会に誘われたんやけど……うち、あの子ちょつと苦手やねん。」

    「なんで…?」

 「なんでって、うまいこと言われへんけど何んか合えへんて言うか、ちょっと人種が違うみたいな……。」

 「俺は同じクラスになったこと無いから、よう判らんけど、医者の息子やからな、勉強もずば抜けて出来るらしいやん。」

 「せやねん。 考えようでは悪いとこ無いんや…性格もまぁ普通やし、運動も普通に出来る…マサとは全く違う生き物や。」

  「俺かて、タコがいてへんかったら、走っても何でも…勉強以外は一番やで。」

 「それも、ほんまや。 マサかて、アホ過ぎる以外は悪いとこ無い…しかし、それが決定的なマサのウィークポイントや。」           「…お前、今、タコ言うたやろ!」

  「聞き逃せへんなぁ、…で、なんやそれ? …ウィ~~~~…?…」

  「弱点って意味や。」

 「俺の弱点はアホ過ぎるとこてか? 認めた無いけどしゃあないな……夢は体操のオリンピック選手や。頭は要らん。」

 「一流選手は、どんなスポーツでも頭も悪ないってお父ちゃんが言うてた。 …要するに、どんくさい奴は、頭もどんくさいんやって…ひどい奴は顔 までボ~っとしてるらしいで。」

 「ほな、俺も頑張ったら勉強も出来るようになるかもしれん…と云うこっちゃな。」 「柔道4段のおっちゃんが言うんや、間違いない……。」

 「マサのええとこは、そのプラス思考やな。」 「ただ・・・とっくに自分の家通り過ぎてるやないか。…ハハハ…ほんまにアホな奴っちゃなぁ~」 「ほな…バイバイ~また明日な~」

 「…あ~っ……うん…バイバイ……また明日。」


 「あっ、お母ちゃん…帰ってきてくれたんか?今、お父ちゃん居てへんけど。」

 「知ってます。そこで、飲み友達と銀パレス入って行くの見ましてなぁ…せやから、しばらくは帰ってけえへんやろから、ちょっと夕子の顔を見てから行く事にしましてん。」

  「そうやったんか、やっぱり、お父ちゃんには逢いとうないんやなぁ……。」

  「そういう訳でも無いんやけど、何か気まずい気がして……。」

  「なぁ、お父ちゃんって、そもそも、なんで警察官辞めたん…?」

  「さぁ、なんでやろね。お母ちゃんにも判らへんの…あんなに制服似合うてたのに。」

     「そこに惚れたんやろ?」                                                                                
   「ほんまにカッコよかった…」                                                                「正義感のかたまりって感じで、イキイキしてはった。それやのに、ある日突然な、『警官辞めてきたから』…って…。」

    「ほんで、お母ちゃんは何んて言うたん?」

   「ん、なんにも…『ああ、そうですか?』…って…」

     「そんだけ…?」

     「はい、そんだけ…」

   「なんでか…気にならへんかったんか…?」

 「そんなん、どんな理由にせよ、この人が決めた事や、仕方ないですやろ…って思いましたんや…。」

 「うちも何となくお父ちゃんの制服姿は覚えてるねんで、特に、着てるとこより、ハンガーに掛かってるとこのイメージが残ってるんや。」

 「…まぁ、それから、柔道を活かせるように、指圧や鍼灸の勉強しはってなぁ、この通りですわ。」 「とにかく、夕子が元気そうで良かった…ぼちぼち帰りますわ。」 「今度は、いつお店に来る気やろか…?」

 「毎日でも行きたいんやけど、やっぱりのんびり出来る土曜日やわ。」

   「サラリーマンみたいな事言わんとき。」

 「なぁ、今度、マサ連れて行ってもええかなぁ…あいつ、お母ちゃんの料理食べたい、食べたいって、うるさいねん。」

   「いつでもええよ……ほんなら、次の土曜日…決まりやね。」

    「うん、判った。マサ喜ぶわ。」

 

夕子、西成区花園町在住。 第7話       (夕子とマサ、ごちそうさま)

 「ごちそうさまでした。 やっぱりおばちゃんの料理は最高や~。」

  「遠慮せんでええから、お腹一杯食べなさいよ。」

 「もう、あかん… これ以上は食べられません。」

「うちもや。 もう、お腹一杯や… マサと一緒やから、今日はこれで帰るわ。うちのファンのおっちゃんらに宜しく言うといて。」

 「うん、判った。今日は若女将からや言うて、一品付けとくわ。気ぃ付けて帰りや。」

「すぐそこやから、大丈夫や。 それから、いつも言うてるように、ここら辺で知らん人は居てへんし。」

 「おばちゃん、ほんまにありがとう。美味しかったです。ごちそうさま。」

 「夕子、ありがとうな。また、誘ってや。」 「せやお前、あした、橘って言う奴の誕生日会や言うとったなぁ…。」

 「そうやったんやけど、結局断ってん…。」

      「ふ~ん………。」

   「はよ帰って、お風呂行こ…マサは…?」

 「行くけど、俺はプロレス見てからや… 土曜日は10時まで起きててもええ事になってるねん。」

  「それこそ、ふ~ん、やな。」 「…うちではスパイ大作戦のある月曜日や……った…。」

   「そうか…おやすみ……。」 

 「…おやすみ。 うち、どないかして、お母ちゃんに戻ってきて欲しいねん… 橘君の誕生日会も…なんか、家の中…家庭の雰囲気が羨ましいだけかも知らんわ…」 「せっかく誘ってくれたのに、橘君に悪いことしてしもたわ…」

 「…なぁタコ、電信柱に付いてるデンキってこんなに明るかったか?…横の映画館のポスターまでハッキリ読めるで…ははっ、これだいぶ前のやっちゃ…。」 「…なっ、まぶしいぐらいやろ……顔洗うてから風呂に行くんやで。」

  「うん、あんた、ええ子や。今日はタコって言うたん許しといたる…おやすみ。」